大晦日ですね。
静かな大晦日。
今日は今感じていることをつれづれと綴りたいと思って、パソコンの前に座っています。
皆さんの今年一年はどんな年でしたか?
私はメンターの言うように、
揺さぶりの多い、
そして冬至の日に人生が全て更地になる出来事があり、
本当にゼロに戻る一年でした。
先日、
長年仲良くさせていただいている兄貴のような存在の方と二人で忘年会をした時のこと。
自分の人生を振り返る機会を得ることができました。
自分がアダルトチルドレンとして生きてきて、
生きづらさを感じながらも、
曲がることなくこうしてまっすぐに生きてこられたのは、
人生のターニングポイントと言える場面で
必ず導き手となる方々の存在があったから。
それを語る中で思い出し、
「今、そんな存在がいないなら、動くときではないということ。」
と兄貴のような存在の方に言われ、
ストン。
人生が更地となり、
ゼロに戻った今、
すぐにでも新しいことをという焦りが正直ありました。
でも、
今は動くときではなく、
やはり心が感じるように整えるときなのだと知りました。
「きっと、大きく動くときは、また導き手が現れるよ。」
そう、
私の人生は人に支えられ、導かれる人生なのだと改めて実感。
焦ることなく、
今、
この時を精一杯生きることが、
今の私にできることなのだと知りました。
また、
これまで少しずつ自分を整えてきて、
改めて感じたことがあります。
これを言うと怒る方々がいらっしゃると思うのですが、
それでもそれを恐れず言葉にすると、
色々な理由をつけて他者を責めているうちは、
人は何も変われない。
今、
ここから人生を変えたいのなら、
過去と決別して
今ここから自分の人生を生ききる覚悟をすることこそ、
今を幸せに生きる一歩となるのだということ。
私も過去、
ACになった自分の過去を振り返り、
徹底的に母を責め、
父を責め、
そして分かってくれない周りを責めた時期がありました。
それをやりきることにも、
もちろん意味がある。
自分の過去と向き合い、
それを受け入れ、
自分の心を癒やすために、
それも大事なこと。
ただ、
そこにとどまっていては何も変わらない。
過去を見つめすぎることは、
今をも苦しくする。
大事なのは
過去を受け入れ、
許すこと。
辛い過去を乗り越えてきた自分を
「よう乗り越えてきたね。よう生きてきたね。がんばってきたね。辛かったね。」
と肯定し、
認め、
自分自身を愛し、慈しんであげること。
私も母を恨んでいました。
でも、
私自身が母となり、
母と共に時間を過ごす中で、
母には母の大変さがあり、
苦しさがあったことを知りました。
そして、
不器用な母なりに、
私のことを愛し、大事にしてくれていたことも知りました。
それは、今も。
そうして、
母を許すことができました。
親も人間。
そして、
これが大事だけど、
自分が愛して欲しい方法で親が愛してくれないからといって、
それは親が自分を愛してくれていない証拠にはならない。
親は親なりのその時の精一杯で
不器用なりに愛してくれていたのかもしれない。
親も
自分の人生があり、
人生の全てを子どもに注ぐことはできなかったのかもしれないね。
ACだと知って、
楽になった自分がいる。
そして、徹底的に自分と、親と向き合い、そこから抜け出たとき、
もう自分がACだということにこだわる意味はないと感じました。
自分の生き方の取扱説明書は必要かもしれない。
だけど、
それ以上でも以下でもなく、
今、
この時からの人生をどう作っていくかは自分次第。
そう思えば、
何かに固執することは逆に損。
今、
これからの自分の人生を
幸せに過ごすにはどうしたいか。
何が欲しいか。
どうありたいか。
それを今の自分から思い描くこと。
それこそが
今、この時から幸せになる一つの方法なのではないかと、
今、
この時に感じています。
夜明け前が一番暗い。
でも、きっと抜け出す日がくる。
それは、あなたが人生をどう思い描くか。
子どもの頃、
決めてしまった人生脚本を、
今この時どう書き換えるか。
大晦日。
来年を幸せに生きるために、
今、この時に人生をどう生きていきたいかを見つめてみませんか?
来年が、
みなさんにとって沢山の幸せを感じる年となりますように。

