新年のご挨拶も終わったことですし、昨年からの続きを書かせていただきますね( ̄∇ ̄)
どんな場合でも堕胎は許されないかってことでしたね。元、現役JWに関わらず、神エホバは決して堕胎を許さない、堕胎は殺人罪と同様である、胎児も一人の人間の命として聖書では扱われている、堕胎は神に対し大罪を犯したことになる、と組織から教えられたはずです。ですから、もちろん私も長らく何も考えずにそう思っていました。
私がJWとの聖書研究を始めた10代なかばの頃にも同じ高校の一つ先輩だった司会者からJWでは堕胎が決して許されないことを聞きました。因みに奉仕中に暴行されて妊娠してしまった二人の姉妹の話とかも聞かされました。その話では二人とも何故か同時に流産し、出産することはなく不本意な子育てをすることは無かったそうです。それをその姉妹は「エホバよ〜エホバが流産させて姉妹たちを助けてくださったのよ〜」と大真面目に話していました。
(当時この経験はあちこちの会衆で噂になっていたはずです)
もちろん当時の私も「エホバなのね。エホバが姉妹たちを助けたんだわ」って本気で思ってました。
ん、でもこれっておかしいですよね。だってエホバは命の与え主。故意に流産を引き起こしたりするんですかぁ???
今にして思えば意味不明な会話だったわ!私も相当なおバカ。
さてダビデとバテシバの話に戻りますが、この二人には姦淫でできた子供がいました。生後どのくらいで病気になったか定かではありませんがサムエル第二12:15にはエホバがこの子を撃ったとあります。理由は同じ14節にありますがダビデが不敬な仕方でエホバを扱ったからだそうです。罪を犯したダビデが許され、石打ち刑に遭うこともなく、何の罪もない子供は姦淫の子である故にエホバから撃たれて7日目に死にました。
可哀想に!理不尽すぎませんか?
ダビデとバテシバは正式に婚姻関係に入って(一夫多妻なのでバテシバは何番めかの妻)からできたソロモンはエホバから祝福されました。最初の姦淫の子供とソロモン、いったいこの二人の命になんの違いがあると言うのでしょうか? 私には意味不明です。
最初の子供を生かしておいたらダビデがつけ上がるとでも言うのでしょうか? 繰り返しますが姦淫の結果とはいえ最初の子自身になんの罪もありません。(余談ですが子供が神に撃たれて死んだのでダビデは一層辛かったことと私は思いますが。ダビデを苦しめる、という意味では十分効果はあったのかもしれません)
しかしながら神は命の与え主。ならば命をどう扱おうと神の自由です!
1993年5月22日号の目ざめよ誌にこんな一文がありました。
『レイプや近親相関で妊娠した場合の赤ちゃんについてはエホバは違った見方をされるでしょうか? 母親に対するそうした行為は犯罪ですが赤ちゃんには何の責任もありません。胎児の命を絶つことは暴行に対して別の暴行で対抗していることになるだけです。エホバは犠牲者が経験する感情的な痛手を確かに理解しておられ、母親と子供が平衡を保ちながらその後のことに対処できるよう助けることがおできになります。』
ここにははっきりと(妊娠に至る経緯がどうであろうと)赤ちゃんには何の責任もありません。と書かれています。
(ゴン娘は組織の言うように胎児も赤ちゃんも同じ命としてこの記事では扱っています)
では、ダビデとバテシバの姦淫の子供は特別罪深かったのでしょうか?そんなはずはありません。なのでここの一文を借りるならエホバが暴行したことになりませんか?
因みにヘブライ語聖書(旧約聖書)では他にも何の罪もない赤ちゃんが殺戮の犠牲にされた記録があります。
申命記2:34
私たちはその時、彼の全ての町を攻め取り、どの町も、男性も女性も、子供たちも滅し尽くし、一人も生かしてはおきませんでした。
サムエル①15:3
さあ、アマレク人を討ちに行き、所有物も一緒に滅ぼし尽くしなさい。生かしておいてはならない。男性も女性も、子供も幼児も牛も羊もラクダもロバも殺しなさい。
上記の聖句はエホバ神の命令で実行されました。
子供や幼児に憐みがかけられることはなかったようです。
当時殺された女性たちの中には妊娠中の人もいたことでしょう!
旧約聖書には他にもこうした記述は出てきます。エホバはなんて残忍な神なのだ!と思う人も当然いるわけです。私も実はこれらの記述が怖ろしいと思っていました。ところが40年近く開拓奉仕をしている大御所姉妹が言うには、
小さな子供たちに憐みかけても誰が育てるの?親(偶像崇拝者つまりエホバの敵対者)は殺されていないわけだし、イスラエル人だって自分たちの子供で手一杯だから異国の子供の面倒なんて見てられへん!それに大人になって血の復讐者になるかもしれんし。
だそうです。
結論から言いますと聖書では 胎児、赤ちゃん含め子供たちはやっぱり親の罪で殺されてるんですよ!
目ざめよには赤ちゃんには何の責任もないって書いてるくせに!
おまけに子供が平衡を保ちながらその後のことに対処できるようエホバが助けるって書いてますけど!
ならば古代から赤ちゃん、幼児は助けるべきだったでしょう!
そうすればイスラエル人の良い隣人になったかもしれないじゃないですか!?
それとも絶対それは無いとエホバが予知能力を用いていたので殺したんでしょうか?
もう一つ興味深い聖句がありました。
申命記23:2
嫡出でない子はエホバの会衆に入ることはできません。その人の子孫は10代目でもエホバの会衆に入ることはできません。
これははっきり言って酷い取り決めですよ!
例えばある夫婦の夫が別の女の人と姦淫を犯し結果できてしまった子供はエホバの会衆に入れない。つまり姦淫の子はエホバの会衆に入れてもらえなかったんです。当時のイスラエル人の社会ではそれは殆ど死を意味していたのではないかと思います。
姦淫なので双方合意の上での性関係です。しかし、女性はどこまでも不利ですね。
ではどうするか?私も詳しく調べた訳ではありませんが対処方法としては可能ならばその女性を妻として迎え入れるしかなったのではないかと思います。一夫多妻が認められていた社会でしたから。責任取って妻にしてもらえた女性はまだラッキーだったでしょうがそうでない人もいたことでしょう!
不幸にも結婚できなければ、
やはりここでも何の責任もないはずの子供が不利な条件を負わされる訳です。姦淫による子供は10代先までも呪われるって。
目ざめよには赤ちゃんには何の責任もないって書いてますけどね
こうして聖書から見ていくとエホバ神は偶像崇拝者の赤ちゃん、不義な関係の者の赤ちゃんを殺していませんか?
私は決して堕胎に賛成しているわけではありません!
けれどWT組織の何でもかんでも堕胎はいけないというのは決して聖書的ではないと思うのです
エホバ神も必要とあらば何の責任も持たない胎児、赤ちゃん、幼児を殺してきたのです。
同じことをしても神の理由は正当で人間の理由は正当ではないのですか?
10代の若い少女の堕胎が欧米諸国で問題になって久しいのは確かです。知識や知恵もなく成り行きに任せた結果、また劣悪な家庭環境によって、あるいは非行に走ってしまい、あるいは大人に騙され、またあるいは不幸にも暴行されて。
様々な理由で妊娠してしまった場合があります。とりわけ犯罪の犠牲者は護られるべきだと私は考えています。
例えば私の娘が、、、想像するにも怖ろしいですが暴行されてそうなったら私は迷わず堕胎させます。排斥だろうが断絶だろうが関係ないっ!娘の人生を守るためです。
心の傷は負うでしょうけれど、だからと言って憎い犯人の子供を何で育てなあかんの!おかしいでしょ!って思います。
WTは決して何の責任も負わないくせに犯罪に巻き込まれた姉妹たちに堕胎は血の罪と言って脅し、さらに重荷を負わせてきました。イエスの言う「なんじの敵を愛せ」これを適用させようとする。実際自分を暴行した男の子供を産んで育てられると思いますかっ!
私は酷いレイプに限っては堕胎はあり、だと思っています。
実際レイプにも色々あります。女性側にかなりの不注意があったり、相手を挑発していたり、判断は難しいですが。
それに親に決して愛されないなら子供としては生まれてこなかった方が良かったのかもしれないですからね。
産むだけは産んで施設に入れる、という話も聞いたことがあります。
何れにせよ、当事者が決めることだと思いますし、組織がとやかく言うべきことではないと思います。
本人が良心で決めることで良いのではないでしょうか?
それが罪なら本人が直接神に裁かれることでしょう!
組織が個々の人に重荷を負わせないでほしい!
何度も言いますが私は決して堕胎に賛成なのではありません。
エホバが止むを得ず古代に於いて責任のない赤ちゃん、子供を殺したのなら、その理由を聖書から考えてみても、現代に於いて犯罪の結果なら堕胎も許されてもいいと思うのです。
皆さんはどう思われますか?ゴン娘ってひどーい女って思いますか?皆さんの正直なご意見も聞かせていただけるなら嬉しいです。
長々とお読みくださりありがとうございました。
