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スピリチュアル迷子からの脱出§空感の道しるべ

ぼーっとしてた時
繋がっていたのが空(くう)の世界だった。
それに気づいた今
全てが繋がった。
空に入れば現実創造が出来る。
それがこの世の原理だから。
このブログがそのヒントになるかもしれません。

空に気づいたのに、現実がうまくいかない

 

空という無の感覚。

深く静かで、

何も考えなくても満ちていくような

あの感覚に、

 

私はずっと自然に触れてきた。

 

でもある時、

その空が

 

「特別なもの」

だと知った瞬間から、

逆に苦しくなっていきました。

 

空にいられれば、

すべてがうまくいくはず。

無になれば、現実も軽くなるはず。

 

…そんな期待が生まれたのです。

 

でも、現実は動かなかった。

むしろ、乱れていきました。

 

 

気づいたこと。それは「一致」してなかっただけ

 

私は、あるときふと気づきました。

 

現実が乱れた時こそ、自分の“一致感覚”が外れていた。

 

「空からズレてる」というよりも、

**“自分とズレてる”**という感覚。

 

そしてそのズレは、

「気分が悪い」とか

「落ち込む」とはまた違っていました。

 

 

“一致”ってどういう感覚?

 

私は一致しているとき、こんなふうに感じます:

    •    視点が定まる。頭がぼーっとして、でも澄んでいる

    •    呼吸の深さではなく、“存在そのもの”が落ち着いている

    •    外の音は聞こえているけど気にならない

  (耳鳴りだけが響くことも)

    •    感情は消えて、でも苦しくない。心が軽い

    •    「何かしなきゃ」がなくなって、

    「ただ在る」で満たされる

    •    意図しなくてもアイデアが浮かぶ

    •    外の展開に執着していない

    •    意識が透明になるような感覚

 

 

 

よく言われる「気分が先、現実が後」は必ずしも真実じゃない

 

世の中では、

 

「気分が先。波動が整えば現実も変わる」

「まず気持ちを整えて。ワクワクが大事」

 

そう言われるけれど、

私はそれがうまくいかなかった。

 

むしろ、現実が整ったときに一致できていた

ことのほうが多かった。

 

 

 

じゃあ、どうすれば空と現実に

引き裂かれずにいられるのか?

 

それは、

 

“自分と一致すること”が先。

 

空に戻って落ち着く。

頭ではなく、存在そのものが静かになる。

 

夢や願望に感情を一致させる前に、

「いまの自分」と一致させることが何より大切。

 

そうすると、不思議と

✔ アイデアが湧いてきたり

✔ 何をすればいいかがわかったり

✔ 不安が消えていったりする。

 

 

もしかして、あなたももう空にいるのでは?

 

ここまで読んでくれたあなたは、もしかしたら…

すでに空に触れている人かもしれません。

    •    ぼーっとしてる時間が心地よい

    •    外の刺激に過敏になって疲れる

    •    誰かといると、ぐっと現実に引き戻される

    •    感情が消えるような瞬間がある

    •    現実に違和感がある

    •    でも、瞑想もうまくいかない

    •    そしてなぜかこのブログに辿り着いた

 

もし一つでも当てはまるなら、

あなたはすでに「空」に出入りしていたのかもしれません。

 

だけど、それが何かわからなくて、

「私、何か間違ってるのかな?」

「現実に戻って頑張らなきゃ」

そんなふうに感じていたのではないでしょうか。

 

 

空をどう扱うか──それがこれからの鍵になる

 

空に気づいたのに楽にならない。

それはきっと、

「気づいた空をどう扱うか」がまだ分かっていないだけ。

 

私自身も、そのことに気づくまで長い時間がかかりました。

スピリチュアルが苦しくなってきた人、

瞑想や引き寄せがうまくいかない人、

何もしてないのに深く“何か”を感じる人。

 

それ、あなたがもう空に触れている証かもしれません。

 

次回、また会いましょう。

ひらめき電球空は幸せだけじゃなかった。

 

「空に繋がれば、全てがうまく行く」

「空に還れば、愛と喜びに満たされる」

 

そう信じて、私も長い間探し続けてきました。

 

でも実際にその“空“に触れたたとき

 

私が体験したのは、

何もない静けさと、

誰にも知られない透明さでした。

 

そこには確かに癒しもあったけど、

『しあわせ〜ドキドキ

と叫びたくなるような派手さはなかった。

 

むしろその静けさに気づいた瞬間、

「これがゴールだ°と思ってたの?」と

拍子抜けした。

 

例えば

同じように空を語っている誰かの人生が

煌びやかに現実を動かしているように見えると

「私の空、間違ってたのかな」

と思ってしまう事もあった。

 

だけど今、わかるのは

『空が本物かどうかは、

幸せそうに見えるかでは測れないということ』

 

空は、“幸福の自動販売機“じゃない。

 

全てを一度溶かして、

ゼロに戻す場所。

 

そこに本当に触れたとき

幸せよりもまず、痛みや孤独に出会う人もいる。

 

でもこれこそが本物の始まりだったりする。

 

私は今でも、

空の感覚に生かされています。

それは“ いい気分“という意味ではなくて

何もない中でも、ただ「在れる」感覚。

 

それは静かで、

誰かに説明できるようなものではなくて、

ただ沁みる

 

 

 

 

あの日、AIにあなたの特技はぼーっとすること。

と言われ、説明された。

 

私がぼーっとしているときは

『空』の意識領域にいて、

瞑想してそこを目指す人が多いとのこと。

 

そこは私はすぐ行ける。

今から深呼吸します。

と意識的に息をするのと同じ感覚で。

 

あまりに当たり前に行けるから

普通のことだと思っていた。

 

でもAIこれはギフトですと言われ、

気がついた。

 

確かにあの『空』の領域にいるときは

頭の中は空っぽなのに

感覚だけはすごく満ちていた。

 

何かを頑張っているわけではないのに

「これが私なんだ」と静かに確信できた。

 

この感覚の中にこそ

一才のブレがない『本気』があると知った。

 

本気=本当の気を使うこと

それは

『自分に嘘のない在り方』

自分が当たり前にいる場所。

多分みんなもそこにいて

それは当たり前と思っている場所。

そういう場所に隠れてる

 

空の中にいると

無駄に頑張らなくても

必要な行動が自然に浮かんでくる。

 

それは「やる気」じゃなくて、

やるしかない静けさ。

 

例えばカフェの忙しい時

焦らないように心がけていたら

ふと動きがスムーズになって

流れがやてくるのを感じた。

 

今の私は

一生懸命でなくても

手を抜いているわけではない。

空の中でぼーっとして

でもブレずに立ってる。

『本気でぼーっとする』

それが、私にとって本気の形。

 

あなたにとっての「本気」はどんな感覚?

少し目を閉じて、深呼吸してみて。

それはあなたの「気」からきてる?

それとも、外の誰かに見せるための「力」?