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わんずに感謝

超多忙な生活の記録

25年前の今ごろは

名古屋と東京を、通勤のように往復していました。

名古屋にいる母は末期ガン。父は当てにならず、何度も危篤になり呼び出されました。

私は東京で、海外駐在のための引越準備と自動車教習所通い。

なんと忙しかったことか。

始発の新幹線と最終の新幹線は常連で、回数券は飛ぶように消えていきました。

お金もね。

今、あの生活をしたら過労死します。1日に2往復した日は唇の口角が紫色になったこともありました。


親戚からは、夢だった海外駐在を諦めろとか、会社辞めて田舎で暮らせとか、無責任な説教をされました。


全部無視して大正解だった。

親の年金で生きていけます?親が亡くなったら、私の元の生活どうやって取り戻せます?


外野の正義よりも自分の信念が大事。 


親戚との縁も両親の死で切れてやっと自由になりました。


夏にまたNYCに行きます。

同じ時期に駐在し、様々な苦労をして一緒に涙した友達。永住を決めた友達。

残りの人生のうち、あと何回会えるかな。

生きる国は違っても

頑張ろう。