私は正しい==他者は間違っているという思想をいつの間にか身につけていたと気付かされ、ハッとしたことがある。
自分の常識を振りかざして、正しさというエゴを外に投影し続けていたのだけど、
私がどんなに「私は正しい思考」を使っていても、常に愛で包んでくれる存在に出会ったことで私の世界が変わっていった。
自分が決めてきたストーリーの中で、ご縁はやってくる。
それは太陽の光の様に皆んなに必要な恵みとして降り注ぐ
他者は私以上でも以下でもなく
共に全て完璧でマックスで満たされた存在なのだ
その中で、不平不満ゲームを楽しみ、ある朝は私が一番愛されているはずのゲームをオンにする
不足感の体感ゲーム
ゲームの中で、常に物事を天秤に乗せて反応しているだけなのだけど、
これに、私は正しいを加えると、分離の意識が強まり、無意識に人に好かれる様に行動したり、よく見える様に行動したりに見える。
私に特別感を与えて欲しいという思いは、大きな不足感を埋めるのに丁度釣り合うサイズで、
与えて与えて与えて与えてってしてるつもりが、外から奪って奪って奪ってって奪い合いのゲームと化する。
寝て起きたらなんだか物足りない。
しかし、自分が愛でお腹いっぱいになれば不満もなくなる。
自分が太陽や光や風、海、宇宙と同じプラズマや波動からなり、
私の思考がゲームを進める。
鏡がないと自分がわからない私達
でもそれって、人の言うことを疑いもなく信じてしまうことではない。
