門松 歴史

 


神様が宿ると思われてきた常盤木(ときわぎ。常緑広葉樹林)の中でも、松は「祀る」につながる樹木であることや、古来の中国でも生命力、不老長寿、繁栄の象徴とされてきたことなどもあり、日本でも松をおめでたい樹として、正月の門松に飾る習慣となって根付いていった。



平安時代の宮中では「小松引き」(こまつひき)という行事が行われた。これは、初子(はつね)の日に外出して松の小木を引き抜くという貴族の遊びで、持ち帰った「子の日の松」を長寿祈願のため愛好する習慣があり、門松はこれが変化したものと考えられている。現在も関西の旧家などでは、「根引きの松」という玄関の両側に白い和紙で包み金赤(きんあか)の水引を掛けた根が付いたままの小松(松の折枝は略式)が飾られる。



長治年間(1104年 - 1105年)に撰された『堀河百首』には藤原顕季(ふじわらの あきすえ)が門松を詠んだ歌が収められており(#門松に関する作品参照)、この頃には京都で門松を飾る風習があったことが分かる。14世紀中頃の『徒然草』にも「大路のさま、松立てわたして、花やかにうしれげなるこそ、またあはれなれ」と記され、16世紀中頃の上杉本『洛中洛外図(らくちゅうらくがいず)にも門松が描かれている。