夢の中で、ブレーキが効きづらかったことを、誰かに相談している場面があった。

そのとき私は、こんなふうに話していた。


「昨日は、夫も一緒に乗っていたから大丈夫だったんだと思う。

なのに、さっきはなんで効かなかったんだろう」


ブレーキを踏んだペダルは、確かに踏みごたえがない感じがしていた。

ちゃんと踏んでいるのに、効いている実感がない。

でも、もう一度走って、改めて踏んでみると、今度はちゃんとブレーキが効いた。


それでも夢の中の私は、

「なんでだったんだろう……」

と、不思議そうに考えていた。


今思うと、この場面はとても象徴的だった。


ブレーキが壊れていたわけではない。

止まれない状態だったわけでもない。

ただ、一時的に手応えが分からなくなっていただけだった。


不登校のこと。

検査を控えた不安。

母としての判断。


どれも、すぐに正解が見えるものではなくて、

「これで合っているのかな?」

と、足元の感覚がふっと曖昧になる瞬間がある。


それでも、条件が整えば、

落ち着いて確かめ直せば、

私はちゃんと止まれる。


夢は、

「ブレーキが効かなかった不安」ではなく、

「踏み直したら、ちゃんと効いた事実」を

最後に用意してくれていた。


そして私は、パニックにもならず、

自分を責めることもなく、

ただ静かに「なんでだったんだろう」と考えていた。


それはきっと、

不安に飲み込まれなくなってきた証なのだと思う。


母として、

一人で抱え込まず、

支えがあることを思い出し、

必要なら立ち止まって、踏み直していい。


この夢のブレーキは、

「もう壊れていない私」を

そっと教えてくれていた。


そして、今の私に必要なのは、

不安を消すことではなく、

不安がある自分を急かさないことだと思う。


ブレーキが効いていない気がする瞬間があっても、

それは壊れているという意味ではない。

手応えが分からなくなるときが、ただあるだけだ。


一度で止まれなくてもいい。

もう一度、踏み直していい。

誰かに相談してから、確かめてもいい。


不登校のことも、検査のことも、

母としての判断も、

一発で正解を出さなくていいのだと思う。


  • 心配してしまう自分を否定しない
  • 早く進ませたくなる気持ちも責めない
  • 子どもと同じように、自分にも準備の時間をあげる
  • 「今日も事故らずに過ごせた」事実を、静かに確認する



ブレーキは、

焦らず、落ち着いて踏み直せば、ちゃんと効く。


不安がゼロじゃなくても、

安心しきれていなくても、

私は今日も、壊れずに日常を続けている。


それで十分だと、

今は思える。