不寛容という事
『イントレランスの祭』本番真っ最中
って事で…ブログの更新が遅れてますが…( ̄ー ̄)
いろいろありましたよ~
まず本番直前に青森のじいちゃんから手紙が届いた~( ´ ▽ ` )ノ
今回は、青森のねぶたと、青森県の観光名所各地の写真
じいちゃんの手紙には、自分が今まで行った事のある場所にあおぺんで線をひいておいたとのこと
新聞をみたら、ほとんどの観光名所の名称に青ペンでアンダーラインがひかれていた
95歳になるじいちゃん
さすが…青森のほとんどの場所に行ってるみたいだ
そのうち俺もじいちゃんが訪ねた事のある場所を、一つ一つまわってみたい
そしたらまたじいちゃんとの共通の会話が増える
本番前日、じいちゃんに手紙の返事を書いてポストに投函した
さてさて、本番入ってからはたくさんのファンの方にお会いできて、めちゃめちゃ楽しい
普段ブログやTwitterでやりとりしていた方と実際に会って話をする事はとても楽しい
若干、俺は人の名前と顔がなかなか一致しない人なので、たまに失礼な対応をするかもしれないけど…一度会った人の顔は覚えてるし、ブログやTwitterでのやりとりも覚えてる
今回の舞台は、いっけんめっちゃエンタメな感じだけど、その根底に流れるテーマは、とても深く、考えさせられ、答えが出ない
誰が悪いとか、これが正しい事だとか言いきれない
自分の中にも潜む問題だったりする
何人かのお客さんは、宿題で持って帰りますって言ってたな
あるお客さんからもらった手紙では、かつて自分が不寛容であったという告白が書かれていた
その時の自分を思い出し、辛くもあり、またいろいろと考えさせられたと
不寛容…難しいな
寛容を、許す事とするならば、不寛容は、許し難い事
生理的に許し難い事や感覚的に許せない事
文化として許せないもの、環境として許せなくなったもの
いろいろある
もう一つは、無知ゆえの不寛容
無知は、恐怖を生む
自分が知りえないもの、理解できないもの、また努力なしでは理解しえないものに対して、あまりにも簡単に、不寛容という立場を選択してしまう
また逆に、全てにおいて寛容である事も、俺は不寛容と同じ事ではないかと思う
文化も歴史も、性別も、育った環境も、思想も、見た目も違うもの同士が、全てにおいて寛容であるはずがない
自分と違うものをみれば、多少なりとも違和感を感じるのは普通の事だと思う
俺もこの舞台に出演しながら、この難しいテーマについてずっと考えてる
まだ全然わからないが…
少し見えてきたのは、不寛容さとは、相手への興味の入り口ではないかと
未知なものに対する、理解不可能なものに対する興味の入り口
ただ、その入り口前で立ち止まっているだけでは、不寛容のままで終わるのではないか
認めない、許さない事で終わるのでは
しかし、不寛容さを興味の入り口とし、その入り口から相手を知ろうとするのであれば、それはこれまでの不寛容とはまったく別の意味になる
漠然と寛容である事より、深い事であるかもしれない
…と、いろいろと考えるのである
お客さんも、出演者も…
はーい、そんな『イントレランスの祭』は絶賛本番中だよ~
なんか難しい事言ったけど、舞台だしまずは楽しんで( ´ ▽ ` )ノ
秋だから柿を食べて
加湿もして
ハロウィンはコスプレして
由美子さんとお酒のんで
本日19時からは虚構の劇団Ustreamを観て
いいね( ´ ▽ ` )ノ
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