これは、私だけの秘密。罪。
でも押し潰されそうで。
ここで吐かせてもらう。
責任。どうしていいかわからなかった。
あの日。
母がモルヒネを開始した日。
看護師さんが何度も薬を追加しに来る。それでも母は意識がなくならない。
「痛い。辛い。もうダメかもしれない。」
「お父さん。もうダメかも。私、ダメ?」
意識が戻る度に、痛そうだし、辛そうだし。
「ダメだったら言ってよ。」って常に聞いてきた。
その度にお父さんはお母さんの手を握って、「何を言ってるんだ。大丈夫だから。ゆっくり休め。ずっと居るから。」
と声をかけた。
私や弟も、反対の手を握って「大丈夫だよ。ずっと一緒だよ。良くなるよ。」と。。。
お母さんが亡くなる前、2日前…
まだまだせん妄が出てて、意識はあった。たまに正気に戻る。
その時に病室にいたのは弟と私。
その時も母は
「辛い。私、もうダメ?ダメなら言ってね。」
って。。。
もう、大丈夫だよって言えなかった。
でも、もうダメなんだよ。とも言えなかった。
母は生きたがってる。
一時間でも。一秒でも。
最期まであきらめない。
母は、知りたがってる。とも思った。
自分の死を、自分で覚悟を決めて、逝きたいと。
「私、もうダメ?」
うつろな瞳。黒目が茶色くて、視点が合ってない。
「ダメなら教えて?」
もう、なんて答えていいかわからなかった。
今、大丈夫だよって嘘をついても、ダメなんだよって本当の事を言っても、きっと眠りにつく。そして、次に目覚めた時に、それは覚えていない。
本当の事を言うべきか。
最期まで、大丈夫って言うべきか。
何が愛情なのか、思いやりなのか。
「私、もうダメ?」
の一言が出る度に、いつも考えた。涙が出るほどに
考えた。
毎日何回回も聞いてくるその問い。
母は知ってるのかな?
覚悟を決めたいだけ?
いろいろ考えてた。
その時。
母は私に聞いてきた。
茶色い瞳で。
私に茶色い瞳が向けられた。
何度も「大丈夫。」と言ってきた瞳。
目を合わせて、ずっと一緒だよ。って。痛くない?大丈夫?って。
でも、私の顔は横に振ってた。
私、大丈夫?って母は聞く。大丈夫だよ。って答える。
大丈夫なら、また頑張ろう。また抗がん剤ができる。まだまだ生きられる。
こんな事では負けてられない。
きっと母はそう思った。
ずっと感じてた。
いつか母の気持ちが折れるかもしれない。
折れてしまったら?
泣き叫ぶ?絶望する?
いや、そうじゃない。
自分の死ぬ時を、いつでも覚悟ができるように、毎日生ききってたんだ。
だから私からのウザい電話も、娘のウザーい会話も、うん。うん。て聞いたし、全力で助けてくれた。
もう、お母さんに嘘をつくのが辛かった。限界だった。
私も辛かった。
それはエゴと言われてもいい。
…辛かった。
だから、多分、首を横に振ったんだと思う。
どうか、もう頑張らないで。早く痛みから解放されて。
首を横に振ったその時、母は、
「ハァ…」
と大きく息を吐きながら、両手を合わせた。
茶色い目が一瞬、黒目に変わった。
あぁ、覚悟をしたな。。。
私はお母さんの胸の前で合わせた両手が解けないように、両手で握り締めて
「ごめんね。」
って言うのが精一杯だった。
その後すぐに母の意識は無くなった。
それからはお母さんが、「もうダメ?私大丈夫?」
って聞く事は無くなった。
多分、本当に理解できちゃったのかな。。。
弟も一緒に居たけど、その瞬間だけは見ていない。
今でもずっと、その瞬間が頭から離れない。
お父さんにも、弟にも、責められそうで、言えない。
ただ、私の心にだけ、
母の茶色い瞳が黒く変わった瞬間だけが残ってる。
お母さん。ごめんね。
「ありがとう」って言ってくれてるかな?
「ふざけるな!」
って怒ってるかな?
コレが良かったのか。悪かったのか。
今でも自問自答。
でも、娘が決めた事だから。ってきっと納得してる。と思いたい。
本当に弱い私。
その弱い私も、全てわかってるハズ。
最期の最期まで甘えたよ。
お母さん。ごめんね。
でも、何も知らずにモルヒネで眠らされて、知らないうちに逝ってしまうのは、お互い、堪えられなかったよね?
私が首を横に振った時。
もう消せない過去だから。
そう思うしかない。
これから先、絶対に忘れられない罪。
今日だけ吐かせてください。
お母さん、ごめんね。