今までずっと避けていた場所に

最近行ってみた。


私が気にしているほどではなかった。


確かに

避けても仕方ない。


それだけのことが

確実にあったのだから。


けど、

いつまでも逃げてばかりでは

進めないと気付いた。






あのとき。

この何も無い世界から

出れないと思い込んでいたけれど、

実際はそうじゃなかったよ。


ただ

かわいそうだと思い込んで

自分を保っていただけだったのかもしれない。


まだ完全に

上を向いたわけじゃないけれど

上を向いてみようって思うくらい

価値のあるものに

気付けたから。

出会えたから。


自分のペースより

早くても

遅くても

歩きにくい。


歩きにくさを感じたとき

どこかで調整しなきゃいけないなぁって思う。


それが1番の近道だから。

私が本当に望んでたことって
何だろう。

でもね
きっとね
あながち間違えじゃないね



いっぱいいっぱい
手を広げて歩く

そうやって進んでいく中で
何が本当か
わからなくなっていった

自分なりにいつも
これでも一応考えてるんだよ



これでも一応…

ハッキリと自分の意見は言わないけれど

心の中にはちゃんと気持ちは存在する。


だから、信頼した人には

きちんと話す。


そうすれば、相手の本音も聴ける。

心を開いてくれる。


それが目的じゃないけれど、

そうなっていく。


でもね。

どんなに信頼していても

言ってはいけない言葉ってあると思う。



遠慮って言葉がある。

気を使うってことがある。


でも、その他に心遣いというものがある。



同じことを伝えたいとき。

遠慮して話したり、気を使って話すのは

相手からすれば

信頼されてないのかなって感じてしまう。


本音で話してよ。って

思われても、思っても仕方ない。


でも、本音でぶつかることが

必ずしもいいことではないと思う。


相手はこの言葉を言って

どう思うだろう?って

少しでも考えるのは

信頼してる、してないの問題じゃなく当たり前。

心遣いをして当たり前。


この言葉を言って

相手がどう出るかを

(恋のかけひきは

個人の自由なので除き・・・・)

試す意味がわからない。


----それで離れていけば

   それまでの関係。


その言葉を

ある人は言った。


それでいいのかな?って思った。


私もめんどうなのは嫌い。

だけど、人を試したりしない。


したとしても

その人がどう思うか考えた上で言う。


相手がどんな言葉で傷つくかなんてわからない。

だけど、明らかにわかる言葉はあるでしょう。


どうしても誰かにぶつけたいなら

人を選んで言うべきだよ。


ハッキリ意見が言えるのは

長所だよ。


でも。

それには自然に制限というものがあるんだよ。

気を使うでもなく、遠慮でもなく、

心遣いが必要なんだよ。


気が強いなんて関係ない。

強がりだって関係ない。


誰でも必要とされているものなんだ。



人との出会いは、永遠の宝。

人との出会いは、成長の結晶。