今日は就職関連のイベントに参加するつもりでお出かけしてきました。
それはどうでもいいとして、人はなぜ愚痴や不平・不満を言うのかということについてちょっと考えていたので、自分の考えとしてここにメモしておきます。

なぜそんなことを考えていたかというと、今日のそのイベントが文句を言いたくなるほどひどいものだったから(笑) あまりにもひどいのでツイッターに自分の感情を吐露していたのですが、ふとおうちで優雅にコーヒーを飲みながら私の愚痴を読んでいるフォロワーさんの顔を思い浮かべ、詳細を書くのはやめることにしました。そうです、だれも他人の愚痴なんて聞きたくはないのです!

ではなぜ愚痴を言いたくなってしまうのでしょう?愚痴をいう人は相手からどのような反応を望んでいるのでしょう?
そのヒントとして、私が誰に愚痴を言おうとしたかを考えました。今回の場合はツイッターに文句を書きました。それは、周りに自分の知っている人がいなかったからなのですが、私は文句を書いた時点では特に何か反応を期待はしていませんでした。ひとり言で文句を言うかわりに、文字で文句を言ったのです。よく公共の場でぶつぶつ文句を言っている人、いますよね。言わないとストレスがたまってしまうからはけ口にしているのだと思います。でも公共の場でぶつぶつ言うのは他人に恐怖を与えるので、私は文字でストレスを解消しました。

このように愚痴を言うこと自体がストレスの発散になるのだと考えられます。しかし、私は家に帰ってから、母に今日の愚痴を詳細に話そうとは思いませんでした。なぜなら、母に愚痴をいっても、今日の不運は私にも責任があると言われると予想ができたからです。たとえば、「だったら行かなきゃよかったじゃないの」とか「もっと早く家を出ればよかったんじゃないの?」とか。私はそのような反応は望んでいません。そんなことを言われたら私は機嫌が悪くなるでしょう。

それでは、身近な人に愚痴を言うとき、「あー、それは大変だったねー。かわいそうに。」って言われたいのでしょうか?そんなことを言われても何も解決しないことはわかっています。でも、私の結論としてはそう言われたいのです。愚痴を言うときはただその大変さを共有して、共感してもらいたいのだと思います。

昨年、獣医療コミュニケーション実習の授業がありましたが、そこでのポイントも共感でした。ご家族の方のお話を聞くときに「それは心配ですね」や「それは大変でしょう」などの共感の言葉をはさむことで、話し手は自分の話をちゃんと聞いてもらっていると感じることができます。相手と良好な関係を保つためのコミュニケーションスキルです。

というわけで、他人の愚痴を聞く機会がよくある方は、ぜひ共感してあげてください。ただし、適切な間をとらないなどのわざとらしい共感はかえって話を聞いてもらえていないような印象を与えるので、自然に、優しく、共感しながらお話を聞いてあげてください。
こんにちは♪

昨日は資生堂の就活メークセミナーに行ってきました。
資生堂が就活応援メニューを始めたのは就職氷河期のころだったそうなのですが、今では就活でのメーク講座は大学でも当たり前のように行われています。

さて、昨日のセミナーですが、90分の限られた時間でしたがスキンケアから面接時の表情の作り方や姿勢までのお話があり、盛り沢山な内容でした。講師は有名な西島悦さん。モデルへのメークアップデモンストレーションもあったので実際にどうやってメークをしたらいいのかイメージがしやすかったです。
資生堂の就活メークはこちらのHPにも紹介されています。

http://www.shiseido.co.jp/shukatsu_beauty/

今日はどこにもお出かけする予定はないのですが、早速就活メークを実践してみました。私は前髪を上手く斜めに流せなくて諦めていたのですが、昨日教えてもらったティッシュペーパーを使ったピンカールできれいな斜め分け前髪を作ることに成功しました。しかしヘアスプレーを持ってなくて固定できなかったので買ってこなければ!

就活は先が見えなくてとても疲れるのですが、メークアップだけは楽しめそうです♪

ちなみに資生堂では証明写真のプラン、個人レッスンのプランもあるそうです。

http://stg.shiseido.co.jp/shukatsu/

証明写真は先日すでに撮ってきたので(素晴らしい仕上がりでした)、個人レッスンをお願いしてみようかな?

写真は昨日の昼食、八重洲玉丁本店のほうれん草入り味噌煮込みうどん。おいしかった~(*^^*)


しばらくブログの存在を忘れていましたが、不在の間も日々成長していました!いや、自分で言うものではないですね(^o^;)

何をしていたかというと、授業やら試験やらが大変過ぎて生きていくだけで必死でした。詳細を述べると長くなるので控えますが、夜遅くまで連日実習があってゆとり世代の軟化した脳にはかなりの試練でした。そんな状況ですが無事に進級し、授業日程にも余裕ができるようになりました。

一般的な人間が暇ができると何をするのかは知りませんが私の場合は語学の勉強が暇な時間の主な過ごし方になっています。4月からは1年ぶりにNHKラジオの語学講座を聞きあさり、TOIECも受験しました。語学勉強は趣味なので、必要に迫られて必死に勉強したわけではないのですが、それでもこの1カ月で自分の語学力の低下を実感しました。1年間全く英語に触れなかったというわけではありません。むしろ積極的に英語の文章を読んできました。一部の教科書は原書で読んでましたし、実験で必要な科学論文はほぼすべて英語でした。

それにもかかわらず英語が前よりできないと感じたのは、偏った分野の英語にしか触れる機会がなかったからでしょう。特にリスニングに関してはたまに趣味で聞く洋楽と週に1回のゼミでの同級生の音読、月に数回だけ出会う留学生との会話くらいしか英語を聞く機会がありませんでした。ないよりはましですがこれは決して十分とは言えません。リーディングについても同様で、教科書や科学論文を読むのと小説を読むのでは全く感覚が異なります。実は高校生のころは小説文が主な得点源になるほどに英文小説リーディングは得意で、むしろニュースなどの方が苦手でした。今とは全く逆ですね。まぁこれはもしかしたら自分の人間性とか性格の変化と関係しているのかもしれませんが。

そんなこんなで今は英語の勉強をしているのですが、2or3年前に挑戦して不合格だった英検1級の勉強も再開しました。当時使っていた問題集をやってみたのですが、まぁできないことできないことw
何がわからないってとにかく単語が全く分からないのです。偶然医学系の長文読解があった時は完答できましたが(3問しかなかったw)。単語って使わないと忘れていくのですよね。もちろん単語帳の最初の方のページにあって変な覚え方をした単語というのはなぜか使わなくても覚えているのですが。

そもそも語彙はそんなに必要なものなのでしょうか。もちろんたくさんの単語を知っていた方が文章を読むときに苦労しませんし、会話も深まるとは思います。ただ、英検1級の単語はかなりマニアックなものが多くて、10年間英語を勉強していてまったく見たこともないものがかなりあります。意味の類似したもっと簡単な単語で置き換えられるものもかなりたくさんあります。単語帳を覚えたところでこういう単語たちは1年もしないうちに忘れ去られてしまうのではないかなと思います。マニアックすぎてネイティブも知らないなんてこともあるかもしれません。

単語を覚えることに関して否定的な考えを書きましたが私は今単語を覚えることで必死ですw これはもはや趣味なので覚えた単語を使う機会があるかとは関係がないのかもしれません。だいたいこれを覚えないと英検に受かりませんし、単語クイズでもいい点数とりたいですもの。

久しぶりに登場して写真も食べ物の話もないつまらない文章でしたがめったにブログなど書かないので許してくださいな。それではまた~音譜