いつの日だったか、男はセックスをしてくれない女には生殖本能的に魅力を感じなくなる…

と誰かが言っていたっけ。


だからなのか、もうすぐ一年になる彼氏が私に対して軽率な態度をとるようになったのは。


別に、いやなわけではない。

ただ、怖いだけ。



私は、女になれるのだろうか。


怖い。


何の脈絡もなく、それは突然襲ってきた。


空に雲がなかったから?

太陽が照りつける真夏日だったから?

せみがうるさかったから?


そんなことは誰も知る由もない。

ただ、あの日もすこんと抜けたような真っ青な空が美しい、せみのうるさい夏の日だった。


夏が好きだった貴方。

日に焼けた肌がまぶしかった。

少し汗ばんだ私を包む腕。

制汗剤の香りがいつもしたタンクトップ。


夏が似合うあなたの全てが好きだった。


真っ赤な太陽見たいだから。

そういう君は私のチェリーパイが大好きだったね。


そう、だから。

何の脈絡もなく、唐突に、チェリーパイを作った。


焼きたての熱いチェリーパイをピクニックバスケットに詰めて。

私はいつもの橋へ走る。

全速力で。

汗だくで。


そんなことをしても何の意味もないのに。

そこに君があの日のように居るような気がして。

あの太陽のような笑顔で名前を呼んでくれるような気がして。


チェリーパイ、こないだ食べ損ねちゃったでしょ?



今年も、夏がやってきた。

でも、一つ違うのは君がいないこと。


息を切らす私に

橋のたもとに置かれた花束が現実をつきつける。



ねぇ、チェリーパイ持ってきたよ?






風が吹いた。

なびく髪。


君の手が触れた。

ほつれた髪。


風が揺らす木々は桜の葉を落とし

桜の花弁は私たちの間に舞い落ちる。


数枚、ほつれた髪についた花弁

君の手が伸びる。触れる。



その刹那、風が吹き、花弁をさらう。


その刹那、君の手が伸び、私の唇をさらう。



風でなびく髪に遮られた視線。

引き寄せられた髪。

触れる唇。


すべてが一瞬だった。

風が吹いたほんの刹那。


髪を整え見上げた先に微笑む君。

目を合わせて、今度はゆっくりもう一度

君は私に口づけた。



風の合間。刹那的ファーストキス。