このブログを開くのがとてもつらかったんだけど
一旦自分の区切りとして、自分のいまの気持ちを整理するためにも
記そうと思う
5月18日
先週の木曜日
バリ行きの話がすべて白紙になった
そもそもバリは主人の会社の日本語学校の開設に携わるために行く話となっていた。
渡航が決まったのは去年の秋
子どもたちにグローバル環境で生活できることだったり、子どもたちが渡航を希望したりしたため
わたしたちも主人に即決でついていくことになった。
会社は3分の2の家賃を負担してくれるということ、
ビザは会社が発給してくれるということ
ビザ申請に必要な弁護士費用は会社が負担することを私たち家族に約束した。
給料は物価の安い国だからと日本より10万安く、という話になった。
ここ数か月にこの約束がどんどん崩れ
家賃の負担が最初の話が変わり、弁護士費用もこちら負担となり、
視察に行った際の費用の請求をされた。(会社が出す話だった)
どんどん突き付けてくる悪条件
約束と違うことがどんどん増え、私たちが行ける状態ではなくなってきた。
それを会社に伝えても
「はじめからそんな話ではなかった。証拠ないだろう」
の一点張り
大事なLINEのやり取りはすべて消去されていた。
調べるとそもそもビザを発給できる規模の学校でもなかったことが判明
話にならない
主人が憔悴し始めた
会社は私の父親の会社。
すべて父親とのやりとり
自分の父親で主人が憔悴、、
しにたい、、
とも言い始めた主人にものすごく父親に対して怒りがこみ上げた
父親に電話する
すべて開き直り
怒りが頂点に達して幼少期からずっと我慢してきたことをすべて吐いた。
小1の時に私たちをおいて逃げたこと
毎日のように借金取りが来て脅され続けてきたこと
毎晩生活苦の状態に母が私と姉に「あんたたちを産むんじゃなかった。結婚するんじゃなかった」と言われ続けてきたこと
母が夜の仕事に行っている間に親戚のおじさんの性処理をし続けてきたこと
再婚すると言い出し広島に引っ越さなきゃならなかったこと
再婚後も数々の愛人に数々の隠し子
すべて嫌だったこと吐いた
初めて吐いた
それに対しての父親は
「おまえはとっくに親子の縁は切ってる。捨てた」
この世から消えて欲しい
それだけ伝えた
そんなやり取りの後に、主人のほうに連絡が入った。
「そんなことを会社の会長に言うようなやつはバリに行かなくていい。学校はなくす」
と言われた。
バリの学校がなくなった。
来月に向けて心の準備も家族みんなでしてきた
家財道具も、冬物の服も、おもちゃも本もいろんなものを処分した
ピアノも売った。
家も次の買い手が見つかった
大切に作ってきた自分の幼児教室も来週で終了しテナントを来月返却
たくさんの親子と涙のお別れをたくさんした
学校も地域関係もすべて引っ越しの手続きを完了していた
いちばんの気がかり、子どもたちへの報告
ものすごくショックを受けていた。
受け入れることができない
いまわたしたちにできることはまず子どもたちに寄り添うこと
一つ一つ目の前のことをやっていこう
やっていくしかない