いやーーなんか素敵電話カウンセリングに思わず感想ブログったら由喜ちゃんテロにあったらしく、沢山の方にブログを読まれたようであります。辺境のブログにようこそいらっしゃいました。私は今のところ生きてます。皆様も生き残りましょう。
では本題です。
私達は特に引き寄せの法則なんかを知ると、どうにかして自分の感情をコントロールしようとか思うじゃないですか。
ああ、また嫌なことを考えてしまった→直そうとする→直んねえ(さらに凹む)みたいな。
しかし、私は気付いたのですが、私達が知覚できる思考とか感情とかはもしかして「結論」ではなかろうかと。つまり
ある出来事
↓
(無意識の)脳内論理
↓
(意識できる)思考・感情
となるのでは、と。このこと自体は別に私が言ってる話ではなく、みんな大好き無意識のお話だとは思うんですが、私達はついつい最終結論たる思考や感情の方をどうにかしようとするよね、ということです。
例えば知らない人に足を踏まれてイラッとしたとするじゃないですか。その時に大体こう思いますよね。
「アイツ足踏みやがって。ムカつく〜〜」
ここで言う「アイツが自分の足を踏んだ」は出来事、ムカつくは感情です。しかしこれを
足を踏まれた
↓
ムカつく
とすると、やや論理が飛躍している気がしませんか?何故なら、確かに多数派の意見ではそうだと思うけど、世の中にはハイヒールで踏まれたい人だっているじゃないですか。踏まれてムカつく方が多数派の意見とまでは言えるけど、原理原則として「他人に足を踏まれると人は腹を立てる」とは言えないわけです。原則というためには万人に等しくあらねばなりません。
したがってここでは
足を踏まれた
↓
(何らかの脳内論理)
↓
ムカつく
というのが適切になるわけです。ではここでの論理とは何でしょう。
その答えは人によって違うはずです。「人の足を踏むべきではない」かもしれないし「踏んだなら謝らねばならない」かもしれません。そしてその論理はその人にしか解き明かせないものなのです。
例えば「人の足を踏んだなら謝らねばならない」という信念からムカついた場合、この信念は実に様々な場所で顔を出すことになるでしょう。
私があえて言うまでもなく、事実と感情を分けることは問題解決の第一歩ですし、認知行動療法なんかはまさに脳内論理を解き明かすためのものです。
鍵を握っているのは結果としての感情ではなく、その途中にある無意識の脳内論理ではないか、と私は考えるのです。そしてそれは、何らかの形で外に出さない限り、絶対に見えてこないものなのです。
私の話をすると、私は学歴がないのがすごく惨めでした。これを図にすると下のようになります。
低学歴
↓
(脳内論理)
↓
惨めな感情
となるわけです。これを紐解いていきましょう。
低学歴には価値がない
↓
私は低学歴である。
↓
したがって、私は無価値である
→惨めな気持ち
いきなりパンチの効いた作文で申し訳ありません。いきなりステーキかよ。次で反証します。内容が正しいかはさておき、論理としては矛盾がないと思いませんか?一番上が正しければ、私が惨めな気持ちに導かれるのは正しいのです。
ただ、検証すべきは一番上のパンチ効きすぎ信念の方です。間違いに決まっているわけですが、一応丁寧に解きます。
「低学歴には価値がない」
というためには、
「価値がある人間は全て高学歴である」
ことが言えなくてはなりません。これが間違いであることは、各々身近にいる立派な方々を全員挙げて貰えばわかるのではないでしょうか。そう、つまり、私が惨めな気持ちに導かれていたのは、起点が間違っている以上間違いなのです。ナンテコッタイ!
ちなみに惨めという感情は、「常に自分を監視して嘲笑う誰かの視線」を感じた時に発生する感情ですが、他人ってそこまで暇かねえ?と疑問ではあります。多分親の目を人に投影してるとか何とかだろうな。
私に限らず、大体「自分には価値がない」とか言ってる人たちって次のうちどれかの思考ではないでしょうか?
A.この人は私のこと価値ないって言った!その人も私のこと価値ないって言った!あの人も私のこと価値ないって言った!→どの人も私のこと価値ないっていうに違いない!私には価値がないんだ!!
B.私は○○(この中にはブスとか低学歴とか一般に悪口として使われる語が入る)だ。○○には価値がない。→ゆえに、私には価値がない。
C.あの人は今日もLINEの既読無視をした。私に価値があるのならばそんなことはしないはず。→ゆえに、私には価値がない。
Aならば70億分のたった3人じゃねーか!と反証可能ですし(3人でも3000人でも「70億人」じゃないならば同じことが言えますよ、念の為)、Bならば先程の私の例を改変すればいいと思います。Cならばその行動と価値を勝手に結びつけてないか?を考える必要があります。ここではLINEの既読無視を出しましたが、例えば殴ってくる!みたいなケースでも同様です。ただしこういう頭の体操するよりも先に逃げるべきとは思います。
だからみんな(誤った一般化の好例)ルールを疑えというのか!自分の仮説・論理を改めて検証するis万能。
以上、コンプレックス云々を論理で紐解いていけば案外大したことないと気付いた回でした!ここまで書いといて何ですが、別に目新しい話ではないですね!
次回予告。「母の呪いって、なーんだ?」
母の呪いとは、「ろくに検証もしないで鵜呑みにした二次情報」では?