娘のスイミングスクールの水着がピッチピチになり、新しい水着を買いに初めて専門店まで行った。
娘のスイミング歴も随分長くなった為、ここで振り返っておこうと思う。
1歳半でベビースイミングを始めた時、とにかくお昼寝して欲しくて必死だった。生まれた時から薄ら歯が生えていた娘はスクスク大きくなり、11ヶ月で立ったと思ったら小走りを始め、こちらの思いと裏腹にあっという間に成長。嬉しいやら寂しいやら…体力もうなぎ登りで、お昼寝させるのも一苦労だった。これはどうにか疲れさせた方が良いなと判断し、どうせなら一緒に出来るものをと、運動神経の悪い私が唯一好きなスイミングにした。
買ったばかりの電動自転車に娘を乗せ、3日間無料体験に2人で向かった。1日目は、最初キョトンとしていたのに腕に浮き輪をつけたら大泣きでプールサイドに突っ伏し終了時間。賢い娘は、2日目はスイミング施設が見えた瞬間に大泣きした。全身で嫌がる娘を着替えさせ、途中泣きすぎて吐き戻し平謝りし、泳がせ(私にひっついてるだけ)泣き疲れてぐったりした娘を連れ帰って、私も一緒に昼寝した。興奮して夜泣きまでしているのを見て「もう可哀想だから辞める」と夫に言ったら「辞めたら、もうこの子泳げないと思う。そういう子だよ、俺がそうだったから」と。
それは嫌だ!!わかる、言いたい事は!でも!それは!泣かれない立場の人の意見!!と思いながらも、その言葉で腹を決めどこかで「あなたと娘は違うんだからね」の反発心を持ちながら、3日目にチャレンジ。また施設が見えて大泣きを始めた娘を、担ぐようにプールへ。秘密兵器、大好きなコッシーの絵を描いた浮き輪を取り出す。「コッシー、水遊びしたいんだって!入れてあげない?みーちゃんが入れてあげて?」と声をかけ、入水成功。心でガッツポーズ。その日は入水後は泣かずに参加できた。レッスン後お風呂で温まっている時、コーチが「頑張ったね、偉かったね」と声を掛けてくれて、娘は初めて笑った。後ろで私はボロボロ泣いた。いつまでこのコッシー作戦が効くのか些か不安ではあったが、勢いでその日の帰りにベビースイミングに入会した。小さな小さなスイミングキャップを貰った。
雨の日も風の日も、雪の日もスクールに通い。時には疲れて泣き、寝ながら泳ぎ、更衣室で授乳までした。おかげで私も産後太らなかった。
スイミングが楽しくなってきた娘は、もうすっかりニコニコと過ごし3歳を迎える頃には浮き輪もなく私の手を離れ1人で隣をスイスイ泳ぐようになっていた。小さな人魚みたいだなと、私は思った。水を得た魚、てこういう事か。そういう滑らかで喜びに溢れた泳ぎだった。
ベビースイミングは3歳で卒業なので、引越しのタイミングで新しいスイミングスクールへ。初めて1人でのプール。毎回観覧席から手を振り、見守った。不安そうに見上げてくるのがかわいい娘。ぎゅうぎゅうの更衣室で着替えを手伝い、レッスンが終わる頃にはバスタオルを広げ塩素の匂いの更衣室で待った。上手く泳げなくて泣いた日も、お腹が空いて寄り道して帰る日もあった。そのスイミングの進級テストはなかなか特殊で、正直「?」と思う事もあったがまぁそんなものなのかなとのんびり通わせていた。しかし、蹴伸びテストが受からないこと7ヶ月。約5万を蹴伸びの練習に使った事に気がついた母は絶望し、飛び込みスタートのある3つ目のスイミングスクールへ編入。
娘にはそれが合っていたようで、グングンと記録を伸ばし検定試験を受けすごいスピードで進級していった。娘は普段穏やかな性格でニコニコしているけど大人がやりがちな、小さな嘘をついて誘導し取り組ませるようなやり方にら烈火のごとくキレるところがあり、レッスンの過程で何人かのおじさんコーチとぶつかり戦っていた。ヒヤヒヤ見つめ時に頭を下げる母親だったが、娘は信頼関係を築いた他のコーチに徹底的に守られて大切に育ててもらった。
不仲だったおじさんコーチの1人も『蹴伸びでどこまでいけるかコンテスト』で15mを記録した娘にハイタッチをしてくれ和解。この時は蹴伸びに5万かけた私も最高に嬉しかった。
「みーは新しい級に来ると最初いつも泣きそうな顔だけど、きちんと説明して教えたらすぐに出来るから」
「出来るよって信じてるよって口に出してあげると、びっくりするぐらい出来る」
「途中で人を抜くことが出来ない性格だから、1番最初に泳がすと抜かれないで泳ぐのでそうしてる。記録更新してくる」
など、コーチ達はみーちゃんの伸ばし方をいつも私にも共有してくれてこれはとっても学びになった。一生懸命なところがかわいいんだと、コーチ達は話してくれた。
小学生になり1人でスイミングバスに乗って通うようになって、選手育成コースに誘ってもらった事があった。最初こそ親子で喜んだが、慣れない小学校入学時期と慣れない週三スイミングを両立するのは難しく、ヘトヘトで不機嫌になり、なにより娘は人より早く泳ぐ事を目指すのは向いてなかった。数ヶ月後に育成コースを辞めたいと話すと「これを逃すと、選手コースには上がれません。7歳を期限に、もう、選手になる道はなくなります。……でも、選手になるという事は吐くほど泳ぐ日が来るから。。。(辞めることも)ありだと思います。ニコニコ泳ぐみーちゃんでいてほしい。これは勝手なことですが、私はみーちゃんに、おばあさんになっても、泳ぐ事を好きでいて欲しいので。」とコーチが言ってくれ、私は泣いた。これで充分だった。スイミングに育ててもらった自信や体幹や健康。そして親でない大人に、見守ってもらう愛情。たくさん貰ってきたから、いくつまででも、好きなだけ好きなように泳げばいい。
2年生で1級になった娘には、もう進級テストも無い。新しい子が1級になり、そしてしばらく通っては辞めていく。バタフライもメドレーも習い、もう目指す級もない、後は自己記録と戦う場所だから。だけどもうすぐ10歳になる娘は週二でスイミングに通う。他の習い事の合間をぬって、「楽しんでおいで」とバスに乗せる。「水の中にいるのが1番好き」「泳いでたら幸せ」という。毎回1km以上泳ぎ、スッキリして帰宅する。「今日も1番だったよ」
スイミングで用意されている水着の1番大きなサイズがピチピチになり、相談したら他の競泳水着でも良いと言われたので2人で初めて競泳水着の専門店に行った。たくさん試着して、定員さんのお姉さんがおすすめしてくれたSPEEDの水着を購入した。胸元に早そうな書体で「SPEED」と書かれているのを見て娘は「スピードだって…なんか私は早いんだぞっ!みたいで恥ずかしい…別のがいい。」とはにかんだ。ブランド名だよと伝えると大笑いし、胸にカップも付けてもらいその水着を購入した。
「長く続けてるの?ポイントカード作る?」とお店のお姉さんに聞かれ「うん…一緒に選んでくれてありがとう」と娘はポイントカードを作った。優しかったね、嬉しいね、楽しかったね!と喜ぶ娘が見れて、私は本当に8年前の私に感謝した。
まだまだ、みーちゃんは泳ぐ。