CHEEHEEROW and hennamonos -8ページ目

デジカメゲットン



昨日は クリモとひさしぶり(たぶん10日くらいぶり)に会いました


てか

うちに泊まりにきました~




でも


その日 学校行って 特別講演聞いて

ヨッシーと抹茶のカフェ行って


飲みに行きました~



CHEEHEEROW and hennamonos-たまねぎの料理

たまねっぎ

花みたいできれいだった


でもあんまだったw





で、今日はね

新宿に言って なんとデジカメを買いました~


私の成人式のときに買ったやつ壊れたから(ノω・、)

修理に1万3千以上するらしい。



安かった^^



CHEEHEEROW and hennamonos-new digiatal camera

8200YEN カシオ EXILIM



昔のカメラよりずいぶん軽くなってる気がする!

進化してるね~



でも若干操作のスピードが遅いな(-_-メ

哲学で、世界を動かせる

続きですが。





考える人間が すべてを作ってきた世界

でも

考えた人間が すべての失敗を犯してきた世界


自分が生きている毎日はなんてゆっくり流れているんだろうと

私はときどき思う。


小中高で歴史を学んだ

人類の誕生から、ぽんぽんぽんと現代までたどる


今を生きている自分は なんて変わらない毎日を送っているんだろうか


500年後の学生たちは、私たちの世代の歴史を

ぽんぽんぽんと習うんだろう


昨日泣いて

今日笑って

明日がそのどっちだとしても 何だっていうんだ

何が変わる


あさっては 何が変わる



でも

そういった一人一人の生活が

重なって重なって 重なって重なって 大きくなって


今の時代へと歴史はシフトしてきた

歴史は言うまでもなく 大きく変わっている



考えることを止めた人間は できるだけ楽な選択を重ね、

毎日を生きる


わたしは その逆を生きていきたい (いけているかは別としてw)


時代を生きていきたいから (ちょっと待って かっこよくなった汗)

なげーーーーーーーーーーーーーー


ETV特集「ハーバード白熱教室@東京大学 日本で正義の話をしよう」を見て



いやいや~~~~~~~~


超おもしろかったんだけど!



ETV特集
「ハーバード白熱教室@東京大学 日本で正義の話をしよう」

9月26日(日)
午後10時00分~11時30分


番組詳細はコチラ



今 偶然そのチャンネルつけてて見たんだけど

見入っちゃったし!!!!!




見た!???



サンデル教授が 生徒(全員じゃない)たちに

いろいろな議題を投げかけていって、

いろんな人が挙手してそれに自分の意見を言う


ザ 討論




最後のシメで教授が

答えの出ない議題で討論をする意味

みたいなのを伝えてて、それがほんとにこの講義の中の討論で理解できて

とても納得できたし、なんか感度した


私がする感動の90%は、だいたい生命の危機やきずなだったり、恋愛で共感できるものだったりする

モロ感情的部分なんだけど


今回のは違う種類。



新しい価値観がしっかり自分の中に入った感じ


て わからんよね




議論の中に出てきた

オバマ大統領に、原爆投下についてどのような態度を取ってほしいか

これには、


1) 罪を認めきちんと謝罪するべき(被害者側の傷が癒えるまで)



2) もうその世代ではないので 彼に責任はない

(自分が生まれる場所は選べないから責任はない/その歴史的事実を伝える責任はある)

という人


いろいろな意見があった。




しかし、


1)について、

まずこういった問題は被害者の気持ちになって考えるべき。

韓国と日本の問題だとすると、

韓国側にとって、その傷を癒すことができるのは未来永劫日本だけ           (かっこいい!)

つまりそれが今の世代でなかろうが、私たちに任された問題。

解決側に立たなければならない問題であるということだ

(現代の世代の責任なんのんの話ではなく、被害者の傷が癒えていないということは、まだ過去の問題ではなく、今の問題なのである。という名言的発言も飛び出した)


2)について、

たとえばこれが国家間の問題ではなくて、小さなコミュニティ

会社などであったら、

一人が不祥事を起こしたとして、その担当者が変わったら、その不祥事の責任は会社側にないのか。

といったらあるだろう。

たとえば家族である弟が罪を犯して、隣人に危害を加えたとする。

自分に責任があるのかと言ったら

ない

ないが、顔を合わせたら謝罪をするだろう(少なくとも日本人は)

自分が親の借金の手助けをする場面もあるだろう





これらの大きくわけて二つ


何かしら責任を取るべき派 or あくまでその当事者同士での問題派

の意見ではあるが、


それxぞれの意見に 納得できる部分がある


自分の考えと重なる意見もあれば

気付かなかった観点や視点  (一緒か?)

それらが理解できた


反対意見の立場にも立つことができた


このことが 答えの出ない討論の意義

大切な 効果なのだという。






はっきりと意見をもたない今回の私みたいな人々にとって


ある問題に対する考え方を 両方の立場から いろいろな意見を聞くことで

自分の考えを見つけられると思うし、

偏った情報による 思想のコントロールを避けることができる。(これらは、戦前日本政府が国民に行っていた愛国心教育にも当てはまる)



強い意見やしっかりした政治指導者、や声をあげてどちらかの方の運動に尽力する人にとって


相手の反論により、自分の考えの偏った視点などに気付く

反対意見の存在や、どのような視点で考えているからそのように考えるのか

といった

お互いの理解が進む。

それによってもしかしたら新たな解決策の糸口が見つかるかもしれないし、

そうでなくても

難しい問題を話し合うことで、自分たちはちゃんとこの問題に向き合っているということを示すことができ

相手に納得できずとも、新たな考え方を知ることができる



見えない解決策にしても

自分は良いと思った解決策が、相手にはNOで

またその逆もしかり、


そこで互いに この二つの解決策ではだめだと気付く

ことによって

別の方法を考えよう

という思考が始まる。


話し合わなかったら、自分の固まった考えのままどうにもならずに

時だけがすぎるが、

だめだとわかったら それが新たなスタートになる



新しい知識を入れると

新しい考え方が可能になる


よね?



哲学で、世界を動かせる

これが教授の考えているテーマだ



一見納得できないこの命題に、

妙に納得させられた討論だった。