2月22日

仕事中に、入院先の病院から電話が入る。


「先生から話があるから、聞きに来て欲しい。本人の顔を見に来て欲しい」と言われた。


訳がわからなかったので、「それは至急ですか?生きる死ぬの問題ですか?」と聞き返すが、「いや、至急ではないが…」と濁される。


頭の中は????となっていたが、こちらも仕事でバタバタしていた為、今日は行けない事を伝えた。


電話を切った後、職場の人からすぐに行くようにと言われて、仕事を中抜けして病院へ行った。


若い先生。常勤の先生ではないらしいが、でもしっかり説明してくれる良い先生だった。


かなり深刻な状態。

肺炎がかなり悪化して、右肺には水も溜まって来ている。

すぐにとは言わないが、いつどうなるかわからない。年齢も年齢だし、延命を希望されてるが、肋骨をボキボキ折ってまで心マを希望しますか?


と言われた。

私は血縁者じゃないから何も答えられなくて、義父にも話をして欲しいことを伝えて答えを出すのを託して、仕事に戻った。


答えは、延命しないだった。




2月23日

義姉家族が来る。

このご時世。

交代で、ばあちゃんのそばにしばらくいた。

でも、病院は迷惑そうだった。


私が行くと、目を閉じていたが、夫や義姉が行くと目を開けてパクパク口をしていたそう。何か言いたかったのかな…



夜11時過ぎ、病院から電話。


「呼吸がだいぶきつそうで、心拍もちょっと…また連絡します。」


と。


ばあちゃんが、準備し始めた。


2月24日


朝5時18分、病院から電話。


寝たのか寝てないのかの睡眠で、すぐに飛び起きた。


「呼吸も落ちて来て、すぐに来て欲しい」


と言われた。



義父や義姉家族を起こし、急いで行った。



朝5時40分


到着するも、間に合わず…

心電図の横線が見えて、音が鳴っている…


家族が揃い、先生が後から来て


臨終の宣言…。



バタバタと準備をして、一緒に家に帰って来た。