
最近またパリの写真家と出会った。
エリオット アーウィットです。
今、銀座のCHANELで写真展がやってる。
ころころっとした笑いをそそります。
入場料無料なので行ってみてくださいい
こちらだけどやっぱりドアノーが一番好きなんだな。
ドアノーは、恵比寿の写真美術館の外に大きくあってそこで惹かれた。
こんな世界をみている人って素敵だなと思った。その一枚が一番上のです。
きっと有名だから知ってる人も多いと思うけども。
ちなみに京都の現代美術館で写真展がやっています。
こちらモノトーンの写真というのは、見る人の想像力を働かせる。より膨らみと物語性があるというか。色が決まっていないということは、すごく色んな色が見えてくる。私もモノクロで物足りなさを感じない写真が撮れるようになりたいな、と思う。モノクロで、誰が見てもふっと笑いが漏れる写真が撮れたらいいな、と思う。
ドアノーの写真ほど、そこへ行きたいという欲求をそそらせた写真は今のところ、たぶん出会っていない。それはパリが素敵であることよりも、ドアノーがものすごくパリを愛しているからだね。
そんなこと誰でも分かるけど、そこまで愛すること、それを表現することはすごく難しい!笑
私の下手な言葉を並べるよりも、
京都現代美術館の館長の梶川さんの言葉を引用する。
'85年にドアノーと会っているらしい.. !
“
パリ以外どこにも旅行したことがないというドアノーは「伝書鳩が地図
を読むことを覚えたとしたら、きっと方向感覚を失ってしまうだろう。自
分にとって大事なことは、大きな好奇心をもってパリの雑路の中を自由に
歩き回ることだ。」と話してくれた。その言葉の中に、ドアノーが写真を
生み出してゆく確たる姿勢があり、大変印象的であった。
この一日、私はドアノーの暖かい人間性にふれ、たちまちのうちにロ
ベール・ドアノーの虜になってしまった。
私は、ドアノーの写真に、カメラという機械をまったく感じない。一瞬
のドアノー自身 のまばたきであるように思われる。
ドアノーの写真を見る者は、ドアノーの視線に参加することになり、い
つもユーモアという逃げ蜜が用意された覗き見ができ、写真家ドアノーの
共犯者になってしまうのである。
自然がもたらす驚きの瞬間、彼はそれを「偶然の戯れ」と呼ぶ。そこに
は写真が教える貴重なものがある。一生涯の中で出会う様々な出来事、そ
の中で、我々が成し得ることというのは、ごく僅かしかない。だからこ
そ、目の前の事実に対しては常に謙虚でなければならない。ドアノーの作
品は、そのことをとても上手く私たちに示してくれる。
「永遠から獲得した数分のうちの一秒」という彼の言葉にあるように
ドアノーが押したそのシャッターの一瞬は、私たちの胸に中で新たに永遠
の時間を獲得し、生き続けるのであろう。
”


