こんばんは cheb 8です

昨日 お義理母さまを 品川駅まで


お送りして長~く感じた 四日間のご宿泊 無事終了~

しかし 心身ともに疲れはててしまったようで
帰り道 運転していたら 涙が溢れてきてしまった


四国の 生まれ 旅館の女将
そのうえ お義理父上さま 不慮の交通事故で 亡くなられてしまい(主人が19才の時だそうです…。)
女手一人で 旅館を続け 自分の母親と
お義理父上さまの母親 (お義理母さまからしたら お姑さま)と同居し
女、男、女 の三人の子供を育て上げた お方…。
到底 私などは 敵わない 強さをお持ちの方…。
私が その立場だったら どう立ち回るのか 想像も つかないくらいの苦労をされたのだと思います…
でも 初めて お会いしたときから
私は 可愛い息子を 取った 憎い恋敵

そんな 印象でした…。
入籍して間もない頃 主人と 主人の妹さんと お義理母さま と私で カラオケに 行った時も
主人と 妹さんが 歌った時は
『〇〇上手いね~
』『〇〇 ちゃん 上手い
』と拍手して 満面の笑み
私が歌った時だけは しかめっ面で 拍手もなし (今思い出しても よくあんな事 平気でやるなぁと いうくらい わざとらしかった……。)
流石に 主人も妹さんも 気が付いて 困った顔していました
あっ 私は 自分で言うのもなんですが
一応 歌下手ではないし 音痴でもありません…

そのカラオケの後主人の前で 悲しくて泣いてしまいました

四国に 主人と帰省したときも
私は どちらかと言うと お魚が苦手で お肉派 …
朝食は パンとcoffeeだけで よい少食…
毎日 毎食 朝から晩まで 三食 お魚ずくしでした
ある日 見かねた 優しい主人の妹さんが
cheb 8さんは 朝パン派ですよね
明日は朝食に 食べてください

と わざわざ
を買ってきてくれたので嬉しいな 明日の朝はお魚じゃなくて パンが食べられるんだ

と思っていましたが
朝食は 焼き魚と ご飯と 魚の入ったお味噌汁でした

絶対に わざととしか 思えない 意地悪をされてきた
主人の妹さんの 結婚式に出席した時も 目茶苦茶涙もろい私は
列席者が 並んで 式場から出るときの
金屏風前の ご挨拶の 時
お義理父上さまの居ない 立ち位置に 父親代わりの主人がならんで ご挨拶
私は 列席者の列に並びながら 妹さんの旦那さまと 旦那さまのご両親 妹さん と挨拶をして
お義理母さまの顔を見たら 涙がこみ上げてしまい その顔で 『お母さん おめでとうございます

』 と握手を求めたら『パスッ


』と 言われてしまった
あれも 物凄いショックだった
なんで そんなに 嫌われなきゃならないんだろう…。
そんなに 嫌われているなら
会う必要が ないんじゃないのかな……。
と 今でも ずっと 思っています

しかし 今回は
『開眼法要』
四国の お墓を 東京に 買い直し お骨を異動し と大変な日でしたので
韓国から 帰国後 すぐにの 連泊でした
その法要の日の前後は お義理母さまの 東京で買いたい物の お買い物にお付き合いし
ヘトヘト…



なかなか 会えない (いえいえ 今年は10月に二回来ていますよっ…


)親孝行な主人は お母様来たら 目一杯 付き合ってあげますので
ずーっと 一緒に行動


結構 高齢なので 危なくて眼が離せない


東京の人の流れに 慣れていないので
歩いていても危なっかしいのです

その上 主人と私が 仲良くしているだけで すぐにご機嫌ななめに

写真も たまには私一人で撮りたいななどと言ったら最後 フンッて 態度になります



本当に ヘトヘト ……
あまりの疲れで 解放された日なのに昼過ぎまで起きれなかった

でも 久しぶりに ストレス発散しに
ジムへ行って来ました

更にヘトヘトだけど
やっぱりジム大好き



今日は 何時まででも ゆっくりしておいで
と 優しく戻った主人の言うとおり最終チェックアウト迄 頑張ってきました

ステアマスター漕ぎながら 読んだ雑誌で
ストレートネック解消枕の記事も 見付けたし

明日も 連続で ジムで発散してこよう
ダメージ快復できるかなぁ
またまた もう筋肉痛だけどね



韓国記事 アップ いつ出来るかなぁ


年賀状も やらなきゃだし


もう Christmasイブだし

ここ最近で一番バタバタな年末かも


merry
Christmas




(一昨日の新幹線の事故で 送ったお義理母さまが 名古屋で停まってしまった新幹線から 家に戻られるかもなんて サスペンスもありました



しかし なんとか

動いて 四国に戻れたようでしたので… 



本当に良かったぁ


)グッタリ…………………………





