12日目、長野からスタートです。
今日は長野県鬼無里に行きます。



出発日のブログで今回の旅最後の目的に挙げた鬼無里行き。理由は取材のためです。

私、趣味で小説を書いていまして、その舞台というかモデルにしたいな、と思ったのが訪れようと決めたきっかけでした。

鬼無里は長野県のほぼ北端に位置する地区で、春には水芭蕉、秋には紅葉の美しい村です。

また紅葉伝説や木曾義仲に因む伝承が残る地でもあり、伝説にちなむ「東京(ひがしきょう)」「西京(にしきょう)」などの集落があります。かつては湖の底だったなんて話も…。


この「伝説の残る地」ということ、日本の原風景が残ることなどが気になり、今回訪れることにしたのでした。



11時頃、長野駅前から鬼無里行きのバスに乗ります。鬼無里は終点で、片道なんと1200円! バスの片道に1000円以上払うなんて初めてです。


細い山道を1時間程進むと、終点鬼無里に着きました。連絡を入れていた民宿の方がバス停まで迎えに来てくださっていました。

民宿の方の車はなんと平ボディのトラック!(荷台に箱も屋根もない、農家でよく使っているようなやつです)荷物を荷台に乗せるだけでなんだかわくわくします。

しばらく走ると、資料館や道の駅が並ぶ中心街に出ました。ここで民宿のご主人は、かぼちゃを買っていくからその間資料館を見ていくといい、と言ってくださりました。鬼無里に来るのは初めてと言ったので気を利かせてくれたのでしょう、ありがたいことです。


ご厚意に甘えて資料館を見学することにしました。

館内に入ると、資料館の方が親切にも展示品の説明をしてくださるとのこと。ありがたくお受けすると、祭りに使う山車の説明をしてくださいました。

ここの山車は一木彫り(一本の木から彫りだす技法)や透かし彫りなど様々な技巧が組み合わされて出来ていて、とても壮麗です。漆を塗らず白木の美しさを活かしているのも素敵です。

なによりすごいのは、江戸時代末期に作られた山車が今も現役で使われているということ。五月にお祭りがあるとのことで、是非とも見てみたいです。


まだまだ他の展示も見足りなかったのですが、これ以上は民宿の方をお待たせしてしまうので切り上げることにします。と、資料館の方がなにやらこっそりと「明日とっておきのイベントあるので、是非また明日じっくり来てください」と…その一言で、翌日改めてお伺いすることにしました。何があるのか楽しみです。


さて、いよいよ民宿に到着です。







民宿「むろが荘」、古くからの農家の建物をずっと使い続けている民宿だそうで、これぞその土地に根ざした宿! といった感じがします。
ちなみに今回ここを選んだのは一番その土地に住む人の感覚に近いものを感じられそうだな、と思ったからです。


予約の電話の時から優しそうだな、と感じていた民宿の奥さんとついにご対面。やっぱり思った通りの優しそうなおばあちゃんで、荷物を置くと早速お茶とお菓子を出してくれました。


居間の窓を開けるとそこには小さな田んぼが。台風の前に刈り入れが済んで良かった、と奥さんは言っていました。

さらに向こうには信州の山々。時折車の通り過ぎる音と鳥の鳴き声がするくらいで、とても静かでのんびりしています。まさに田舎のおばあちゃんの家に夏休みに遊びに来たような感覚。



しばらくのんびりした後、夕食の時間まで付近の散策に出かけることにしました。


まず徒歩で5分くらいのところにある春日神社へ。

ここは昔、この地に遷都を計画した天武天皇の使者が来村した折りに創建したと伝えられているそうです。
ずっとここにこうして静かに佇み、見守っているんだなあという重みを感じました。ここもとても静かです。


続いて、もう少し歩いて加茂神社へ。











緩い坂道を登っていくと鳥居が見えてきます。

ここは貞観7年の建立と伝えられていて、東京(ひがしきょう)部落の産土神だそうです。平安の都を思わせるその名は「鬼女紅葉」の伝説に関係しているとか。

杉の巨木があります。神聖な静けさを感じます。
これまで歩いてきた道と地続きなのに、なぜかこの目の前に立つとぱりっと身が引き締まる思いがします。不思議です。



2時間ほどの散策を終えて宿に戻ります。

ゆっくりお風呂に浸かって、しばらくすると夕飯の時間です。自宅では20時過ぎに食べることも多く、この旅中でも結構遅くなることも珍しくなかったので、18時前の夕飯は久々です。







奥さんの手料理、とってもおいしかったです。

驚いたのが漬け物がとてもおいしいということ。漬け物はどうも苦手でおいしいと思ったことはほとんどないのですが、これは美味しかった。旅先でこれまで感じられなかったおいしさに出会えるって嬉しいです。


夕食を食べながら、ご主人と奥さんとお話をしました。
この日泊まっていたのは私の他に一人だけで、その方は事情があり夕食の席にはいなかったので、民宿のご夫婦と私の三人で夕食です。一緒の空間で食事をするというのが他の民宿にはあまりないことだと思います。とっても楽しかったです。
またこの地域のこと、暮らしていく上で大変なことこれからのこと…たくさんの事を話してくださいました。たった一日泊まりに来ただけの私にもまるで昔から知っているかのように接してくれて、あたたかかった。



21時前には布団に入りました。田舎の夜は早い。

なんだかとってもあたたかな気持ちになれた一日でした。取材目的で来ましたが途中からそれよりも田舎の暮らしを満喫し、リフレッシュしている自分がいました。取材旅行といっても旅であることには変わりない、そんな一日でした。


ところで屋根裏でずっと何かがガサゴソ動いています。時折走り回ってはなにやらパキッと折れるような音が…ああこれぞ田舎…。




12日目はこの旅で一番早い時間、一番静かに眠りについたのでした。
11日目、会津若松からスタートです。


チェックアウトが早かったので、早朝の鶴ヶ城を散歩することにしました。
時刻は6時過ぎ、まだ鶴ヶ城天守閣の見学が始まるまでには時間があるので、周囲の散策だけ。







早朝の鶴ヶ城。雨と時間も相まって人の姿はほとんど見られず、犬の散歩をしている人を見かけるくらいでした。

静かな中にそっと佇む鶴ヶ城。この地の歴史の重みが伝わってくるような気がします。



7時半頃鶴ヶ城公園を出て、七日町の方へ歩いていきます。
お目当ては「會津壹番館」のモーニング。









ここ會津壹番館は、野口英世が左手の手術を受けた「旧会陽医院」の建物をそのまま利用して作られたカフェで、一階はカフェ、二階は資料館になっています。

照明も調度品もこだわりのある素敵なお店です。朝一番に行ったのでこの店内を独り占めできました。なんとも贅沢な経験です。







モーニングセットを頂きました。こんなに素敵なところでゆっくり食事とコーヒーを楽しめて500円。安すぎます。







コーヒーカップもかわいらしいです。



朝食を終えて、二階の資料館も見学してから鶴ヶ城に戻ります。

天守閣の見学をしました。内部は資料展示になっていて、当時の書簡や資料、また歴史上の人物達の家系図などもありわかりやすく勉強できます。







天守閣の最上階からの眺めです。雨なので視界が悪いですが、会津市内の他に飯盛山も見えます。




さて天守閣の見学を終えて、次はどうしようか、市内観光バスの一日券を買うべきか否か(札幌での失敗もあり慎重になっていたり)迷いながら外に出ると、雨が上がっていました。


ふとすぐそばの観光案内所を見ると「レンタサイクル」の文字が。

しかも市内の一日券よりも安い。返却は16時までだが、14時に会津を出る予定の私には問題ない。



…借りるか!運良く雨もあがったことだし!


この選択が今回の記事タイトルの悲劇を生むのでした。




レンタサイクルの手続きをして軽快に走り出します。今回の旅、ひたすら歩くかひたすらバスに揺られるかがほとんどだったので、久々の自転車は気持ちがよいです。

こうしてみると自転車で日本一周づるのもなかなか素敵だなと思ってしまいます。まあそこまでの体力はないのでそれはしませんが…。

鶴ヶ城を出て飯盛山を目指します。途中緩いアップダウンはありましたが、ギアつきの自転車なのでさほど苦にもなりませんでした。


しばらく走ってさざえ堂に到着します。ここは会津に来たら絶対に見ておきたいと思っていた場所なので、この機に来ることができてよかったです。







さざえ堂。よく見なくても傾いているのがわかります。内部は螺旋を描いていて、入口から入って出口まで同じ道は通らないようにできている、不思議な建造物です。







内部には沢山の年季の入った千社札が貼られていて、古めかしい不気味な雰囲気を醸し出しています。もしも真夜中に蝋燭の灯り一つで入ったりしたら…おおこわ!(実際は火気厳禁です)

傾斜はかなり急で、躓いたら転げ落ちてしまいそうです。







てっぺんにつきました。こんな風にアーチが掛かっていて、上りの螺旋と下りの螺旋を繋ぐ二重螺旋構造になっています。だから入口から出口まで一本道にできるんですね。



ところで先ほどのさざえ堂全景を写した写真でわかるように、再び雨が降り出しています。それも結構な量が。

着いた頃に降り出していてまずいなあ、と思っていたのですが見学中に本格的に降ってきて、お土産コーナーでしばし時間をつぶすも意味がなく、仕方なくカッパを着て次の目的地へ走り出すことにしました。

飯盛山から駅方面へ坂道を下っていくと、容赦なく降り注ぐ雨と風。
そこでようやく思い当たりました。


これ台風の雨風じゃないか


いや早く気づけよという話なのですけれど。「雨上がった→レンタサイクル借りよう!」の思考の間に台風事情はすっかり忘れ去っておりまして…。


会津の町をカッパ着たレンタサイクルが爆走。全く哀れ(で馬鹿)な観光客です。

なおそういう理由で今回街中の写真が少なくなってしまいました。とにかく移動で精一杯で…。



土砂降りの中次の御楽園へ。なぜか着いた途端に小降りになる憎々しい天気。







こちらは徳川時代の代表的な大名型山水庭園で、薬草園が作られたことが御楽園という名の由来だそうです。











雨に濡れた草花が美しい庭園です。土砂降りにやられた心も慰められるようです。(なお足元はずぶ濡れのまま)







鶴ヶ城と同じく雨で観光客は少なく、その分じっくりと心置きなく楽しむことができました。こういう本来静かである場所は観光客の喧騒で雰囲気が壊れることも多いと感じるので、人の少ない時に来るに限ると私は思います。



最後に七日町の裏路地を自転車で散策します。明治大正期の古い建築と、昭和の香りのする商店が混在する街並みはどこか懐かしい感じがします。

なお写真がないのは荷物を完全防備仕様にしたせいで出すのが面倒だったからです…すみません…。



ひととおり観光を終えて13時過ぎに自転車を返却。

そして今頃になってあがる雨。何故だ。



足を乾かす暇もなく新潟方面の電車に乗り込みます。今日中に新潟経由で長野まで行く予定です。

新潟方面に向かうにつれ雨足が強まっていきました。途中で運休にならないことを祈りつつ、車内でおにぎりを食べながら大荒れの窓の外を眺めていました。

ここにきて濡れた足が冷えてきて、膝から下が極寒になってしまいました。ああ早くシャワーが浴びたい…。



22時頃、なんとか予定の長野駅に到着、宿に行きました。この旅2度目のコインランドリー洗濯を済ませて就寝しました。




今日はこの旅始まって以来の珍道中でした(自業自得)。それもそれでいい思い出になりそうです。

明日は長野県鬼無里村に向かいます。個人的にかなり楽しみにしていたところなのでドキドキです。
10日目山形市内からスタートです。


今日は宝珠山立石寺(山寺)に行きます。山寺といえば、松尾芭蕉の「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の俳句が詠まれた地として有名です。

芋煮会だけで山形を去るのは勿体ないので急遽予定に組み込みましたが午前中しか観光に使えない上、昨日に引き続き雨模様なので少々不安に思いつつも、8時頃山形駅に到着しました。

駅を出ると辺りは薄い霧に包まれています。もしや札幌夜景の再来か…と思いながら、登山口からおよそ1000段あるという参道の階段を登り始めます。











階段の周囲は一面の緑。苔むした地蔵や古びたお賽銭が草木とともに静かに自然と一体化するように存在しています。それら全てを霧が柔らかに包み込んでいて、神秘的な空気がありました。







「閑さや~」の俳句の生まれた場所です。松尾芭蕉もこうしてこの岩山を見上げたのでしょうか。







のんびり登っていったので、そこまでキツいと感じることもなかったです。段々と奥の院周りの建物が見えてきます。







1時間と少しで奥の院に到着しました。







もっと上の方にある建物や朽ちたお堂などは修行者のみが足を踏み入れることを許されるそうです。どんな道中なのか見てみたいです。

奥の院から少し下って、景色の見えるお堂まで行きます。そこまでの間も絶景です。
今日は霧が出ていましたが、それが周囲を静かで神秘的な様相にしているので、今日のこの光景が見られてよかったな、と思いました。夏雲が浮かぶからっと晴れた暑い日、紅葉の真っ只中の秋寒い日、雪を被ったお堂、全て見てみたくなります。次はまた違う時期違う天気の時に訪れてみたい。


3時間程の滞在でしたが楽しむことができました。天気も朝は小雨が降っていたのがじきに止んで、下るときは傘をささずに済んだので幸いでした。




山寺駅から仙台方面の電車に乗り、仙台で乗り換えて会津若松を目指します。

会津到着は16時頃。今日は沢山歩いたのでさっさとお風呂に向かいます。
今日は会津若松駅からほど近いところにある「富士の湯」に行きました。


ここは炭酸風呂、薬湯、御殿風呂(浴槽が金色!笑 )などなど、沢山の湯船が用意されていて、色々入って楽しめました。温泉の成分のせいか、上がってからかなり時間がたっても体の芯からぽかぽかしていました。

お風呂から出てロビーで休憩していると、テレビで自転車で日本一周の旅をする若者達の特集番組をやっていました。思わず目がそちらにいきます。

テレビに出ていた北海道を旅している男性はちょうど私と同じ年齢でした。境遇も何となく似ていました。

旅の途中で目にしたからか、「すごいなあ」よりも「なんだかわかる気がするなあ」と思いました。台風で土砂降りになろうがスマホの電池が切れようがとりあえず前に漕ぎ出す姿を羨ましく感じました。何故か涙が出そうになりました。



いつか私も彼等と同じ一歩を踏み出したい。





お風呂の後宿に向かいました。日本一周の番組が頭から離れず、疲れているはずなのに少しだけ眠りにつくのに時間のかかった夜でした。