これは私、chaud-yu-seiのドラマや
映画を見て思った事や
感じたことを書き連ねただけのブログです![]()
まったくもって、私個人の感想なのです
早速 9話の~![]()
お帰り…初めて帰りたいって思った家
ゆくえの言った ”間違い探しの答え合わせ”
確かに変な日本語に聞こえる。
そんな風に 一見流してしまいそうな表現でも
よく考えたら おかしいなと感じることもある。
けど この本のタイトルの場合だが
私は ただ言葉が足りないだけなのでは
ないかと思う。
”間違い探し~”の前に
”2つの絵の違う箇所の~”
等の説明文があったら また印象は違うだろう。
作者はきっと そう言う思いでタイトルを
付けたのではないかと想像する。
ただ 人は色々。
1つの言葉でも 受け取り方はそれぞれ。
言葉とは そう言うものなのだ。
赤田とゆくえの関係を
勝手に恋愛対象と決めつける人もいて然り。
美鳥ちゃんは だからって
二人の関係を恋愛だと決めつけるのは
「暴力」だと言っていた。
確かにそうなのかもしれない。
少し きつい言い方だが。
人は人。価値観は皆違う。
だとするならば 私はそう言う決めつけを
する人がいても良いのだし
そうじゃないと言う ゆくえもまた良いのだ。
だから ゆくえの場合もまた
そう考える人がいるが
そう考えない自分もいる。
と言う事実だけを受け止めて
そこについて それ以上考えなくて良いのだと思う。
相手の価値観を変える事などできないのだから。
むしろ 自分以外の他人で
全く同じ価値観の人など
この世にいないのだから。
そっち側からしたら ゆくえの方が「暴力」
と受け止める事もあるかもしれないのだし。
だからこそ 世の中は色んな幸せの形がある。
自分が正しいなどと思う事自体が
「暴力」なのだ。
話は4人と1人の形。
ゆくえは美鳥ちゃんと赤田との3人は好き。
そして二人が苦手。
他の紅葉や 夜々や 椿達も二人が苦手。
今回 美鳥と4人は それぞれ二人で会い
懐かしさを語り合えた。
この美鳥の立場なら 私も一端は
それぞれと二人で会いたいだろう。
たくさんの驚きと嬉しさは
時に 困惑も湧き上がる。
ただ 一度 二人ずつで合ってしまえば
4人と一遍に会うこともできる。
大人だから。
けど 4人が一緒にいる中に
後から 一人混ざって行くのは
とても勇気がいる事のように思う。
4人が仲良く盛り上がっている中に
「ただいま」と帰ることの難しさ。
義務教育期間と変わらない この難問は
大人になった今も 解けずにいる。
そんな美鳥は二人という単位を好む。
自分だけの為に 今 相手がいる事が落ち着く。
1話の感想でも書いたが
二人という単位で上手に付き合える美鳥は
きっと 自分の気持ちも 相手の気持ちも
尊重してきたのだろう。
だからこそ この美鳥の周りの4人も
美鳥とは二人という単位の関係だったのだ。
そして その美鳥に救われたのだろう。
同じ人間に救われた4人は
似たもの同士として 仲良くなったが
当然の流れだろう。
だが 美鳥からすれば 4人全員と一遍に
同時に 昔のように接せられるかと言われたら
それは厳しいだろう。
ただ それは当たり前の感情なのだと思う。
出会いが二人という単位だったのだから。
それぞれと二人の時間を過ごしたのだから。
相手によって 自分の立場が違い
その違いから 自分のキャラのような物も違う。
言葉遣いだって微妙に違う事だってある。
けど それは多重人格的に装っている訳ではなく
それも普通のことなのだ。
大人なら 尚更だ。
私も 家での自分 会社での自分
友達の前での自分。
また別の友達の前での自分。
嫌な人の前での自分。
親の前での自分。
数多くいる この自分達。
この自分達を 少しでも癒やせるような
穏やかな日々を過ごして行きたいと
願わずにはいられなくなった。
そんな9話だった。
9話の~
完