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さぁ こんな歌はいかがですか?

関ジャニ∞について思うことを、とりとめなく書いてます

怒涛のようなエイト界隈。

イベントごとはフォローしてますが、気持ちがついていかない感じ。淡々と予約だのエントリーだのをこなしてるという感じでしょうか。

そうこうしているうちに、9月もあと3日。すばるは「さよなら週間」があったけど、亮ちゃんはこのまま静かに去っていくのね。奇しくも、亮ちゃんのフェードアウトに重なるように、すばるがフェードインしてきて、なんとも複雑な心持ちです。

Upd8は、近場に来る日が滅多にない平日の休みだったという奇跡で、とりあえずエントリーしましたが、当たる気がしない。1000人キャパの会場でエイトに会えたら、それはそれは夢のようだけど、そもそもどんだけ狭き門なんだ。なんか、エントリーできたこと自体で、運を使い果たした気がする…。

十五祭の最後に、「一緒に歌って」と言われた「ひとつのうた」。「そうは言われても歌えないんじゃないかと心配なあなた」(ニュアンス)とヤスくんに言われて、図星だった私。

本当に全然知らなくて、でもコーラスはすぐ覚えられて、なんとなく歌えてうれしかった。私の両隣は、全ての曲の振りがバッチリ入ってる古くからのエイターさんのようだったので、アンコール待ち?の時に、おそるおそる「あの歌は?」と聞いたら、親切にいろいろ教えてくれました。そして、会場でCD買って帰ったのでした。

相変わらず、月一ぐらいのペースで新幹線で東京まで通ってるんですが、最近は、行きも帰りももっぱら旅のお供は radiko で聞く「大倉くんと高橋くん」。大倉くんは私にとってエイトのスポースクマンとなっていて、夜の車中で聞く大倉くんの声はなかなか心に沁みます。いや、笑いを噛み殺す怪しいおばさんになってることの方が多いんですけどね。

移動しながら大倉くんの声を聞いていると、なんとなく「ひとつのうた」が耳の奥で鳴り出します。Upd∞のことを考えると、歌う人数は減ってしまうし、回るという感じじゃないだろうし、明日を待たずに次の街だったりするけど、なんとなくこんな想いでいるのかなぁと。

どんなものになるのか、全然ピンとこないけど、体だけはできる限り大事にしてほしいです。




持ち帰り仕事が押しています。1時ごろまでには寝たいなあ。こんなことしてる場合じゃないなあ。

 

この週末にスマホを新しくしたら、不調だった∞アプリがうまく動くようになって、久しぶりに ”関ジャニ∞ GR8EST non-stop mix by DJ和" を聞きながら、仕事中。

 

ふいに出てきた亮ちゃんの「おかえり、おやすみ」に、不覚にもうるうるする。

 

最初は亮ちゃんの歌い癖が苦手だったのにな、いつのまに心にすっと入るようになってたのか...不思議。

 

「感情がついてこないよね」って、横や大倉くんが(確か)言ってたのはこのことか。さよならも言わないで消えた(ように思えた)ことに腹は立ったものの、腹の虫が収まってからは「ふーん、そうなんだー」ぐらいだった気持ちが、ここでぐらっと揺れた。

 

すばるが辞めた時は、自分でも不思議なくらいさばさばしてた。きっとまたすばるの歌は聞けると思ってたから。それが関ジャニじゃなくても、それは仕方がない、彼の人生は彼にしか歩めない、歌が聞けりゃいいさ、と。私は関ジャムのすばるきっかけでエイトにハマったので、すばるの歌が、声が、私にとっては特別なものだったから。ソロアルバムを聴いてるのも大きかったかな。

 

亮ちゃんは、私にとっては関ジャニの大事なメンバー。だから、またどこかで会える、っていう気持ちより、いなくなった喪失感のほうが大きいんだな、ということが何となくわかってきて。

 

関ジャニじゃなくなった亮ちゃんの歌を私は聞くだろうか...。俳優仕事はもちろん見ると思うけど(従道さんが好きでした)、亮ちゃんが関ジャニのために作るのではない歌のイメージがわかない。

 

誰にでも悔いのない人生を歩んで欲しい。袖触れ合うも他生の縁と言うし(触れ合ってるのか?)、縁のある人ならなおのこと。

 

でも、寂しいのも仕方がないね。

2日寝たら、腹の虫が収まりました。

 

ただ、47都道府県ツアーなんてして、ヤスくんの体がもつのか、あの全力のパフォーマンスを半年も続けて、ヤスが壊れてしまわないか、それが心配でたまらない。ああ心配だ。

 

で。

 

家に帰ったら、ワイドショーが山盛り録画されていてました...。

 

誰情報だか忘れたけど、錦戸くんが退所を申し出たのは10月末だとか。

 

それで腑に落ちることがちょっとある。

 

私がGR8ESTに行った11月の振替公演は、ツアー始まりの6月(だったっけ?)と比べてセトリも少し違ったし、個人の挨拶がなくて、村上くんがまとめて挨拶してはけていくっていう流れになってた。正直、みんなの挨拶が聞きたかったな、って思ったけど、6月のそれこそ満身創痍の状態とは違って、もうだいぶ6人に慣れてきたのもあるだろうから、もうその段階は抜けたんだな、と思ったのよ。この人たちは「進めた」んだなって。

 

挨拶できないよねえ。そんな話が裏で持ち上がっていたんじゃ。表面を嘘で取り繕って流すことをしない人たちだしね。

 

なんとなく、挨拶の村上くんの表情も硬いなあ、と思ったのを覚えてる。もうだいぶ慣れたから、通常運行になってるんだな、って思ったんだけどね、その時は。みんなの挨拶が聞きたかった、エモーショナルなライブもちょっと見たかった、なんで台風なんて来たかな!と思ったから、よく覚えてる。

 

 

 

...切ないなあ。

 

 

 

15祭の挨拶?がビデオだったのも、残りのパフォーマンスに備えてのお着替えとか体力温存とかもあるかもしれないけど、そんな秘密を抱えて、生の言葉で話すことはできなかったのかもなあ、と思ったりして。

 

 

 

...切ないよう。