春の終わり、佐野龍(さの・りゅう)はある女性に手紙を渡すことに決めた―。

風が少し生ぬるくなって、街の桜はほとんど散っていた頃だった。

ある女性とは、岸本千紗(きしもと・ちさ)。
高校時代からの同級生で、大学も偶然同じだった。けれどそれはただの偶然で、彼女にとって龍は「なんでも話せる友達」でしかなかった。

彼は知っていた。
彼女には、もう好きな人がいることを。
遠くの街に就職が決まっていて、ここを離れることも…。

それでも、この想いをずっと胸に閉じておくことは、彼にはできなかった。

  俺はさ、ずっと――千紗が好きだった。


彼女は少し驚いたように目を見開いたあと、ふっと笑った。
―そして、ゆっくりと首を横に振った。

「……ごめんね、龍。
でも、あなたが言ってくれて、嬉しかった。」


……その日から、龍は彼女に連絡を取らなくなった。
彼女も何も言ってこなかった。

それが、二人の“優しさ”だった。



6月、雨の中、彼はふと思い出したように千紗の住んでいた街角に足を向けた。
そこには、彼女とよく一緒に歩いた川沿いの道があった。


咲き残った花が一輪、濡れて揺れていた。


触れられなかった想い。
けれど、確かに咲いた恋だった――。


龍は立ち止まり、小さくつぶやいた。

「……バカだな、俺。」



でも、涙はもう出なかった。