母が亡くなったのを、義父に連絡。

私のいとこにも連絡しました。

いとこといっても、母と兄の年齢が少し離れていたため、私より

20ぐらい年齢が上です。

また、このいとこのお姉さんも昨年亡くなりました。

 

今回実家の方では初めての弔事と言うことで、お寺さんも紹介してもらいました。

本来なら配偶者である父が喪主なのですが、入院していると言うこともあり、私が喪主を

務めます。

 

また、通夜前に、病院に父を迎えに行き、母と最期に会わせてあげました。

車椅子での移動、主人には助けてもらいました。

こういう時、一人ではどうしようもできなかったと思います。

足が悪いのに、正座をしようとしてる姿に涙がでました。

きっと父もまさか、母の方が先に逝くとは思ってなかったと思います。

父を外出させてくださった病院の関係者にも感謝です。

 

無事に通夜・告別式が滞りなく終わりました。

1月でしたが、そこまで寒くなく、コートがなくても平気なほど・・・

義母が亡くなった時に黒いコートを買ってた方がいいな、と母と話していましたが、

今回は不要でした。

 

#喪主

母は色々準備をしていました。一人娘の私が困らないように。

互助会にも入ってくれていたので(私の結婚式には使わなかった)

そこを利用します。

 

数年前には、近所にできた家族葬の専用ホールを皆で見に行きました。

だから、今回ここに頼もうと思い、主人に電話をしてもらったのですが、

週末まで利用できない、ということで違う会館を利用することに・・・

 

母を乗せ、私も同乗し、会館へ行きます。

主人は車で後から来ます。

 

母を会館へ預け、私たちはいったん帰宅。

朝方実家に寄って、遺影の写真を探す。写真を見ると色々思い出して涙がとまりません。

主人とお互いの会社に連絡、しばらくお休みをいただきます。

 

朝になって、会館へ行き、色々打合せをします。

3年前に義母が亡くなった時に、打合せも参加していたので、なんとなく記憶にはあります。

また、会員だったので、セットプランがありました。

 

家族を亡くした後の心理状態で、この打合せは正直きつかった・・・

きっと、どこのご家族もされてることなんですよね。

 

 

 

 

2024年が明け、3連休が過ぎた頃、私は珍しく胃腸の調子が悪かったえーん

 

忘れもしない火曜日、寝てるときに両親が入院している病院から電話がありました。

 

こんな時間の電話、悪い予感しかしません。

父に何かあったのだと・・・でも電話があったのは、違う病棟・・・そう、母の急変でした。

思わず、何回も電話の相手に「母がですか?」と尋ねます。そう、信じたくなかった。

とりあえず、主人と一緒に病院に駆けつけます。

温かかった手が、だんだん冷たくなっていきます。

「おかあちゃん」と呼びかけ、手をにぎるしかできませんでした。。

夜中に亡くなりました。

看護師さんが部屋・荷物の整理をしてくれてる間に緩和ケア病棟に行って、看護師さんに事情を話し、

父を最後に母に会わせてあげたい旨を相談。

あまりにも辛すぎる別れでした。