アーセナル対チェルシー
2021年8月22日
ぼくはフットボールから学んだ。イギリスやヨーロッパの地理的知識は学校ではなく、アウェイのゲームやスポーツ記事で覚えたものだ。プレミアリーグに所属するチームの都市はもちろんのこと、FAカップで2部~6部のチームと対戦するときも、イングランドのどのあたりの街に行ってゲームをするのか、必ず地図で調べたものだ。さらに学校で覚えた知識が全く役に立たないソ連崩壊後の東欧各国と都市の名前と場所は、全てCL・ELの対戦相手から学んだと言っていい。
フーリガニズムは社会学とフィールドワークの手ほどきをしてくれた。人種問題や移民の歴史、最近ではBLMや難民の問題もフットボールが教えてくれた。コントロールできないものへ時間と感情を注ぎこむことの価値についても教えてもらったし、寸分違わぬ目的を持つ人々が形作る共同体に身を置くことの意味も教えてもらった。
そしてこの1年で最もフットボールを通じて教えてもらったことが、世界のコロナ感染の実態と各国の感染対策だ。特に、ヨーロッパ各国のリスクへの向き合い方、権利と自由への考え方、国民性など、多くを学んだ。国のリーダーのリーダーシップ・発信力の重要性も良く分かった。
対してこの国のリーダーは、この点で悲しいくらい能力が劣っている。危機管理の重要性も全く理解していない。明確な方向性も示さずに国民からは逃げてばかりで、正面から答えようともしない。前首相に至っては、「コロナに打ち勝った証しとして五輪を開催」などと言いながらも、打ち勝つための武器は竹槍ならぬ役に立たないアベノマスクだけという神風頼み、やるべきこともやらず投げ出して、猛威を振るうコロナの前に国民を置きざりにして敵前逃亡する有様だ。
有効な対策なしで、頼みは真面目な国民の自粛だけという中、ワクチン接種が徐々に進んでも、変異株の影響もあり、新規陽性者数は爆発的に増加した。重傷者も増加傾向に転じ、日本は少ないから問題なしと政府を擁護した御用学者・有識者・コメンテーターの発言が全く根拠のないことを証明するかのように、死者数も増加し始めた。
死は身近なものとしてぼくの前に現れ、生そのものについても学ばせてくれた。
シーズンなかばでコロナで死んでしまったらどうしよう。そう思うことがある。けれど確率から言ったら、八月から五月のシーズン中に死ぬ可能性のほうがずっと大きい。死を迎えるのは身辺の整理がついてからだと、ぼくらは楽天的にもそう思っている。だが少なくとも、限りある生について思いを馳せたことのあるフットボールファンなら、ナンセンスであることを知っている。カタをつけられずに終わることは、何百とあるに違いない。もしかしたらひいきのチームがウェンブリーに登場する前の晩に死ぬかもしれないし、CL・ELのファースト・レグの直後に死ぬかもしれない。死後の世界に関する多くの理論から言えば、何か最後まで見とどけられずに終わるのが普通だ。死は、でっかいトロフィーを与えられる直前にぼくらを襲うと言ってもいいだろう。暗喩的に言うなら、それこそが死の要点だ。
シーズンなかばで死ぬのは嫌だ。しかし、試合直後に死んだりもしたくない。例えば一昨シーズンの最後、FAカップ決勝でチェルシーに勝って優勝した直後、そんなタイミングで死ぬなんて、ほとんどキマリすぎじゃないか。フットボール・ファンが死ぬには、あまりに絵に描いたようなタイミングだ。みんながかすかに首を振って、あいつが死ぬんだったらきっとこういうタイミングを望んでたはずさ、なんていう死にかたなんて、絶対嫌だ。安っぽい予定調和なんかより、厳粛な悲しみをあたえるほうがずっといい。
迫ってくるコロナ感染で死というものを考えざるを得なくなった21/22シーズンだが、第一節にブレントフォードに負けたことで、こんな気分のまま死を迎えるのは何としても避けたいと思い、これまで以上にマスク・手洗い・消毒を徹底して、第二節ホーム初戦のチェルシー戦を迎えた。チェルシーに勝ち、次のマンチェスターシティにも勝てば、今シーズンが明るく開けてくる。死は嫌だが、絶対に避けられないのであれば、こういう期待の持てるタイミングしかないかも知れない。
だがチェルシーは、アーセナル守備陣が最も苦手とするタイプのルカクを早くも先発起用。いやな予感が当たり、ルカクに先制点を献上。そしてティアニーの空いたスペースをまたも狙われ、前半で0-2。後半は少しは持ち直したが、ボールを奪取した後のスピードに乏しく、またも得点を奪えず完敗だった。
こんなチーム状態のままでは、ますます今シーズンなかばで死んでしまうわけにはいかなくなった。死んだあとに、急にチームの調子が良くなりリーグ優勝したのに、それが見られなかった、なんていうのはあまりにも悲しい。逆に、応援できないことが原因で、下位に低迷、最悪は降格だなんて、死ぬに死にきれない。
そういう訳で、今シーズンなかばで死んでしまうなんてことは、絶対にできないと確信した。そして次節はチームに救世主ワクチンが接種され、重傷のゴール欠乏症からも生き返り、ゴールを重ね勝利する。このままシーズンを通して好調を維持し、優勝とまではいかないまでも、トップ4でフィニッシュするところを見たい。さらに若手中心に入れ替わったチームは、その後10年以上もCL圏内を維持し続ける。そこまでずっと生きて、もう一度エミレーツで生のアーセナルを観戦したい。
死の問題を考えるのはそれからにしよう。そう、だからそれまでは、人混みは避け、手洗い・消毒を徹底し、マスクは完全にして、ウイルスを遠ざけよう。










