私は少年時代、今で言うところの「鉄ヲタ」でした。
分類は乗り鉄に属していました。ちょうどブルートレインブームと国鉄全線2万キロ走破の頃でした。
当時、私の出身地北海道はブルトレ寝台特急が無く、かつ青函連絡船がまだ運行されていました。

なので、専ら廃止寸前の赤字ローカル線に乗ったり、新しい汽車(道民は鉄道車両全般をこのように言います)が運行されれば乗ってみるという感じでした。

高校の修学旅行で、最初で最後の青函連絡船に乗り、青森発の寝台特急(「ゆうづる」だったと記憶してます)で上野で降りて、山手線で東京駅に行き、こちらも初めて乗る東海道新幹線「ひかり」(懐かしの0系)で京都に行きました。帰りも新幹線→青森行寝台特急(「はくつる」だったと記憶してます)→連絡船でした。

修学旅行の翌年、青函トンネル(海峡線)開業でついに北海道に寝台特急「北斗星」か設定され、成人してから乗車することができました。

あれから三十余年過ぎ、北海道の鉄道を取り巻く環境は大変厳しく、赤字ローカル線の廃止もあり、都市間輸送と北海道新幹線を除けば、すっかり寂しい限りです。

人生の折り返し地点に入り、ふと、子供の頃の夢、冒頭でも述べた、国鉄全線2万キロ走破を思い出したのです。

国鉄からJRになってから、実際2万キロないかも知れませんが、いつかは達成したいと思います。

そのためにも、今の仕事をしっかり勤め上げて、お金を貯めて、勿論身体も健康を維持しより良き壮年期を送らなければ…。
今日、50歳になりました。何だかんだで半世紀生きました。

子供も少し手が離れて、ほぼ自分のことに時間を費やせるようになりました。新たな楽しみ、自分の行く末をしっかり考え、良き還暦を迎えられるように、充実の50代を過ごします。
息子は令和初の卒業生になります。

平成で入学し、令和で卒業です。

実は私も、平成初の卒業生の一人です。

昭和で高校に入学し、高3の正月明けに昭和天皇が崩御し、卒業式は平成で迎えました。

何かの巡り合わせなのか、親子で元号またぎの卒業です。