判断するということは未熟な自分がそれを裁いていることになる。
観想行は判断などしなくてよくそれが語るものに身をおく。日常できない大切なものに身をおくということ。
電話を受けたときに子供が騒いで話が聞こえ無い時、こどもに「こら、静かに、聞こえないやないか。」
と怒ることがあると思いますが、何に怒っているかというと騒いでいる子供にイライラしているわけではなく、相手の声が聞こえないことにイライラしている自分がいる。結果、子供に怒る。
イライラしている自分に気が付くということが大事。
してしまったこと後悔するということがあるが、これは自分がすくわれたいためにすること。
後悔しているということはそのフリをしていること。
そうではなくてただ事実だけに向き合う、自分はしたんだということを見つめる。
そこで自分をも判断しない。事実が語ることのみに身をおく。
これが自分のなかに新しい感覚器官を作る、シュタイナーは12の感覚ということをあげています。
以上先生が話されたことのメモ書きそのままです。
12の感覚は以下の本で出てきます。
いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか
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どのようにつながっていくか、楽しみです。
