【改訂】ドナウ河自転車旅行 目次

 

 

Engelhartszell (エンゲルハートシュツェル) 9:00出発 ⇒ Linz (リンツ) 16:20着

走行72km

2000年6月26日(月)

小雨、雲、にわか強雨、小晴、終日冷気で寒し

 

 

 

 

●朝、扉をたたいても起きてこないのに困る。

朝食は薄いパン2枚にバターとジャム、コーヒー2杯のみ。

支払 373F=50.5DM=2750円。

昨日の夕食がビール、大マス (魚)、サラダ。

 

●宿前から渡船してドナウ左岸に渡る

団体客にまぎれたので、3.5DM払わずに終る。

このあと素晴らしい Radweg (自転車道)。2回有料渡船あり。

ドナウのU字型流域も観賞する。素晴らしい自転車オンリーの世界。


●Linz (リンツ) のYH
小高い山の中腹に立つ。

丁寧にYHを探し出してくれた同年のオーストリア人に出会う。

Mr.Blüber、1936年8月生まれとか。写真機を胸にしてYH近くの植物園を見学していた。長男は医者と、胸を張っていた。先週自転車を車上に積んでスウェーデンを回ってきたとか。

「写真を撮って1月頃に送る」と約束する。


●日本人2人、米人1人に会う
①M田君

昭和47年生まれ、独身、横浜市の教育委員会に在籍。無精ヒゲがすごい。

2週間の夏季休暇をとって来欧。これまでも毎年の如し海外旅行。インド、タイ等も。欧州は2回目。

顔相が、そう自分にはマッチしないが努めて話し合う。
教育委員会では4人組のリーダーで、教員の人事を担当しているという。

途中一度仕事を変わっているというらしいが、28歳でよく今の職場に就けたものだし、立場(4人組リーダー)に立てるものだ。何か分からない所がある。
②I島嬢

年齢は分からないが35歳前後?小柄。

自転車旅行者で、大学時代に自転車部に所属していたとか。

距離計をつけずに、しかしテントを携行して走っている。

よく日焼けしていて、一見、東南アジア系の女性かと思ったが。
後述の米青年サイクリストと途中で出会い、一緒に走っているとか。

英語が堪能の上、更にこの米青年から学んでいる由。

これまで世界各地を走り回っているようである。靴はエクアドルで買ったとか。

ビールをよく飲む。7月初め~中旬に帰国とか。
③Martin君

27~28歳であろうか、実に陽気で多弁、気さくだ。彼もサイクリスト。

どうしてI島嬢と気が合うのか不思議。好青年だ。
以上3人と、深夜0時半までロビーで懇談す。
おかげでシャワーも浴びず、自転車の荷物も積んだままで一夜を過ごす。

 

●ドイツ人とオーストリア人は、古図や古絵を尊重する。

昨夜の Gasthaus も、今日のレストランにも、古図や古絵が掲げられている。ドナウの歴史絵図である。

 

●No thank you

これで3回目だが、ノーサンキューと言っているのに2杯目のビールを持ってこられる。自分の「ノー」が聞こえず笑顔を「Yes!」と判断するのだろうか。困ったことだ。

今日は雰囲気抜群のレストランで、満腹ながら飲んだが。

 

 

Engelhartszell (エンゲルハートシュツェル) の Gasthaus前 横がYH

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月) 9:00 晴

 

 

乗船前

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月) 9:20

 

 

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月) 10:20

 

 

レストランにて ここでも古図が掲げられている

又、3度のノーサンキューにビール

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月) 13:30 曇

 

 

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月)

 

 

丁寧にYHを探し出してくれた同年のオーストリア人Mr.Blüber

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月)

 

 

I島嬢、M田君、Martin君と深夜0時半までロビーで懇談

ドナウ河自転車旅行 2000.06.26(月)

 

 

Linz (リンツ) のYH前で

ドナウ河自転車旅行 2000.06.27(火) 9:20 晴

 

 

妻への葉書No.2

ドナウ河自転車旅行 2000.06.19投函 ⇒ 06.26宝塚着