ちゃ~べんの「がははは人生」 -245ページ目

波瀾万丈?

僕のことをよく知っている高校時代の先輩に、会う度に言われるのが

「おまえの人生ってさぁ、けっこう波瀾万丈だよな!いつもヘラヘラ笑ってるけどさぁ...お前、自分のことを本にして出版してみれば?」

なんですよガーンガーンガーン


たしかにいろいろあった48年ではあるけど...


先輩から見たら俺ってそんなに波瀾万丈な人生なのかなぁ?

俺からしたらもっともっとすごい人生を送ってる人ってたくさんいると思ってるし、なんだかんだ言ってもいまこうして笑ってられる自分がいるわけだしねぇ...

人生だってまだまだこれからだしねべーっだ!

誰にだって大変なことはあるだろうし、波風のない人生なんてないよね!

だからあとは自分自身の取り方だよね。

人と比べてどうとかじゃないと思う...

けど、自分自身がどうしようもなくつらいときに、誰かと比べることで、まだまだ自分なんてたいしたことない!がんばろう!って思えるなら誰かの人生を参考にして、比べてみてもいいんじゃないかな?

俺もつらいときにはそうしたから...

波瀾万丈...

ってほどでもないけど、誰かの力にほんの少しでもなれる人生をこれからも送っていきたいものでありますニコニコ


つらい人の心を温める優しいホットミルクのような存在になれたらいいな...

矛盾

大家族に生まれ育った僕は、早く独り立ちして家を出たいと中学のころから思うようになった。


中学一年の時にはいじめられ、学校にも行きたくなくて、ひとり荷物をまとめて家出したこともある。

だが、右も左もわからぬ東京で、お金もなく、どうにもならずに叔母の家に逃げ隠れた。

高校は家を出なければ通えない高校を志望した。

下宿できると思ったが、わざわざその高校に行かなくても沼津の高校もレベルは一緒だと反対され断念。

就職は母親には東京のタオル商社をすすめられた。なにかあっても東京なら近いからという理由で...

僕は商売を勉強するために丁稚奉公に行くようなものなんだから、商人の町大阪へ行くことにした。

やっと家から出られる!と喜んで大阪に行った...はずなのに、なぜかホームシックに(>_<)

えらそうなこと言っていた自分が周りに甘えていたことを思い知った時期である。


その後、二十二歳で結婚し、その年に長女が誕生する。

ひとりになりたいとか言って、ひとりになったことが実は全くなかったりするのである(^^;)

今も、ひとりの時間は作れるようになったが、そんな時間には誰か友達に会いに行ったりしていることが多いので、小さい頃からの、ひとりになりたい!自由になりたい!という思いとは逆の道を行ってる気がする。


きっとこれからもひとりになれない僕なんだろうなぁ...

だってやっぱりなんだかんだ言っても人と関わることが好きなんだから(^^ゞ(笑)


ひとりじゃないから生きていけるし、つらいこともあるけど、それ以上に楽しいこともあるのだから...


さぁ、くだらないこといってないでまた明日から頑張れるようにお風呂でリフレッシュしよう!


寝ないように気をつけますです(^^;)

おもてなしの心意気

国際観光都市!


確か熱海ってこんな肩書きがついていた気がします。


しかし、どこがやねん?って思いませんか?


名前だけがブランドになっていても、今の熱海は中身が伴っていない気がします。


観光地として、来てくださるお客様に満足していただき、また来たいねって思っていただけるそんな熱海にならなくちゃ!

そのためには、熱海人の連帯感とおもてなしの心意気が必要なんじゃないかと思うわけです。


映画「しゃったぁず4」の上映会を実現させて、熱海の人たちにやる気と連帯感が生まれることをやっぱり願ってしまう僕であります(^^;)


行ってよかった観光地!
そしてまた行きたい観光地!に常に名前があがる熱海になりますように...