お久しぶりの更新になりました。
今日は「一粒万倍日」と「神吉日」というとっても良い日だそうですね。偶然目にした記事に、
「覚悟を決めてスタートすることでブレずに現実が動き始める」とありました。

そんな日に偶然?過去のいろいろが腑に落ちて、胸のつかえがとれまして、
ある覚悟を決めよう!という思いでブログを再開しました^^


1週間前の近所の桜。今年は長くお花見できました♪


さて、タイトル通り今日は数か月ぶりに元夫さんの実家にお泊りさせてもらった息子を迎えに行ってきました。

おじいちゃんやおばあちゃん、元夫さんの妹さんや従弟たちと過ごしたのがよっぽど楽しかったようで、嬉しそうな顔で「ゴールデンウィークにまた泊まりたい!」と楽しいお土産話をたくさん聞かせてくれた息子。

離婚して5年以上経っても、温かく孫として迎えてもらえることに、ほんとうに感謝しきれません。

お泊りの前日、息子は遠方から帰省した元夫さんとゲーセン→スケボー→お風呂で水鉄砲と思い切り遊びまくり、
元夫さんはそのまま地元の飲み会へ。

で、今日はお昼には新幹線で帰るというので、息子と私で駅まで送って行きました。

「ばいば~い! またね!」と駅へ歩き出す元旦那さんに、息子と私が車の窓から笑顔で手を振って軽~い挨拶でお別れ。

今でこそこうですが、5年前は、こうは行きませんでした。
別れ際に息子が泣いたり、息子の寂しそうな顔に私が罪悪感で泣いてしまったりで、
元夫さんと私の完全にすれ違って逆方向を向いてしまった思いでぶつかり、久しぶりの再会が全くうまく行かなかったり。

結果、お互いにイヤな思いをしてさようなら。
もう二度と息子をお父さんに会わせてあげられないんじゃないか?
そんな時期が数年間ありました。

なので今日は、月日の流れと息子の成長を、
ついでに私の成長を、別れ際も平常心でいられる幸せすべてを噛みしめていました。

同じ方向を向けなくなって、お互い決意して離婚。
この時点で、まったく別々の方向へ歩き出した元夫婦なのに、
「別れても、子どもだけは協力して育てよう」
この約束には無理がありました。

というか、わたしの心構えに修正が必要だったんだ、と今はわかります。

私は離婚のときに元夫さんへの特別な期待は捨てたつもりでいましたが、
息子のこととなると、それはまったく別物でした。

息子にとっては今まで通りのお父さんでいてほしい。

離婚のときの約束「別れても、子どもだけは協力して育てよう」
これが離婚後の私の心の支えでもあり、一方で足かせにもなりました。

ひとりで育てなくても大丈夫、ときには相談もできる、と思えば気持ちはいくらか楽だったし、
結婚していたころのような元夫さんの息子に関わる姿勢、を求めてしまえば、期待通りのものは返ってこなくて、
息子のがっかりする様子を間近で見ている私は、どうしてもっと息子のことを考えてくれないのかと悲しくて怒りもしました。


そんなとき、尊敬するある人に言われた言葉。
「旦那さんが数か月に一度とはいえ、その距離を会いに来るのは、けっこう大変なことだよね。中間地点で会っても良いんじゃない?

それまで「勝手に遠くに行っちゃったんだから会いに来るのは当たり前じゃない!」という傲慢な気持ちだった私は、まったく違う目線からのそんな優しい言葉に
自分が元夫さんへの優しさを完全になくしてしまっていたことに気づきました。

たとえ、どんな事情であれ、遠方に行ってしまったからといっても
「会いに来てくれる」その事実だけを見よう、と決めたのです。

約束していた1か月に一度の面会が叶わなくても、
数か月に一度だとしても、約束の時間より早い電車で帰ってしまっても、お泊りの約束をキャンセルされても。
(フォローだけは母の仕事になりますが)

「会いに来てくれる」行動には、息子への愛しかないのですから。
イヤなら会いに来ないしね。

毎日一緒に暮らしている私と、離れて暮らす元夫さん。
息子に対する思いの比重は違くて当然なんですよね。

向こうには向こうの新しい暮らしがあるのだし。
優先順位も、もちろん違います。
でなけりゃ、元夫さんも生きていけませんからね。

相手は相手、自分は自分、どんな関係においても、
その思いで生きるのが一番だなと思います。