ママのひとりごと
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レイタの入院



さて、再開するといいつつ、一ヶ月開きました(;^ω^A

国立の小児病院に入院することになったのですが、引っ越しに保育園、更に入院と彼にとっては苦難が続いたのでダイキチには悪いけれど、私も付き添い入院することにしました。
その間ダイキチは私の実家に預かって貰うことに。
この病院、流石に大きくて設備も整ってるのですが入院患者も多いので、泣いていても結構放置されます( ̄□ ̄;)!!
点滴にて少しだけ落ち着き寝てくれたので、明け方ナースの方に息子を託して自宅にタクシーで荷物を取りに帰ったのですが、病院に戻ったら誰も居らず、なき続けていました。

腕には点滴、鼻には酸素、足には血中酸素濃度を測る機械が取り付けられ、可哀想でなりませんでした。

子供のベッドに添い寝はNGで、親の食事や水分補給も病棟内は不可。

シャワーや食事、トイレのために離れようとすると、泣き叫び、居たたまれなかった。

寝かしつけもずっと沿い乳だったために、寝る→ベッドに置く→泣くの繰り返しで、入院中は私は殆ど眠ることはできずしんどかったなぁ。

でも医師の腕は確かで、滲出性中耳炎になっていることをみつけてくれ、そのまま耳鼻科へつれていってもらい、切開しました。

そんな入院生活でしたが、もっと重い病気で長期入院している子供達が沢山いて、健康の有り難さを感じずにはいられませんでした。

結局8日間の入院で、ダイキチの誕生日前日にどうにか新居へ帰宅できたのでした。

喘息との本当の闘いは、コレがスタートで、まだまだ続くのです。。。


Android携帯からの投稿

再開します。

おひさしぶりです。
チャラです。
アメブロから遠ざかってはや1年半!?

この期間は怒涛の目も回る日々でした。
忘れないうちに、記録がてらブログにアップしたいとおもいます。

2011年4月、レイタは無事にダイキチと同じ保育園に入園できました。
ミルク、哺乳瓶は断固拒否で先生方を困らせながらもならし保育をしていきました。

そして入園から約2週間後、6年住んだ社宅から退去し、近所の賃貸マンションへ引っ越しました。
そこからが波乱の日々の幕開けでした...。

引っ越し翌日、朝からレイタの体調は悪かったのですが、自宅の片付けもあるし、熱はなかったので保育園に預けたのですが、4時過ぎにお迎えコールが入ったんです。

熱が高く、食事も水分もとれず、寝てばかりでぜぃぜい苦しそうと。

近所の小児科に行くも、入院レベルだから、すぐに総合病院へいくようにと。
選択肢は3つ。
1.隣駅の完全看護の病院。
しかし、夜勤との狭間の時間に当たっていたので微妙かも。
そしてミルク飲めないので、付き添い不可は避けたい。
2.4駅先の市立病院
満床だと他に回される可能性がある。
3.隣県の小児専門病院。
車で30分といきずらいけど、全員必ず受け入れてくれる。

すぐに決断しなければならなかったので、3の病院に向かいました。

検査を色々し、やはり口から水分もとれず、血中酸素濃度も低く、そのまま喘息様気管支炎で入院になりました。

つづきはまた今度。

Android携帯からの投稿

バレンタインのしょっぱい思い出

今日はバレンタインドキドキ
世の中のカップルはあま~い一日を過ごしてるんだろうな。


これはまだチューヤンが彼氏だった頃のハナシ。


チューヤンは甘いものが大の苦手。
バレンタインにチョコなんてあげても迷惑がられるだけなのが解ってた私は考えて考えて考えた。


好物といえば、ビールとおつまみ。


私達らしく、ちと変わったものを贈ろう!と、思い付いたのが『韓国海苔』ひらめき電球

丁度その頃、デートの度に、私の実家の韓国海苔をやたらと好んで食べてたし~とガーン

母にいつも何処で買ってるのか聞いて、段ボール1箱¥5000分買って、バレンタイン当日にチューヤン宅へ着くよう送ったのでしたあせる


もちろんみんな驚き、会社の先輩にも変人扱いされたことは言うまでもありませんべーっだ!


…そんな今年のプレゼントはビール1ケースデス。


芸がないですね。


ダイキチには、今日一緒にチョコフォンデュをやったのでそれでヨシとしました~。
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