忘れていたことがあった。
俺の名前の事だ。
一也
とでも言っておく。
大学卒業後、社会人5年目。
元々、優秀というわけでもなかった俺は、
いわゆるFラン、無名大学に入学後、毎日のように遊び呆け、人生の夏休みを謳歌していた。
当然、勉強などするはずもなく、遊びの毎日。
卒業後の進路すら、ろくに決めていなかった俺は、学生時代からアルバイトとして、続けていた、BARで働くことを選んだ。
つまり、バーテンダーである。
大学入学後、すぐに始めたこともあり、バーテンダーとしてのキャリアはそれなりに長い。
仕事に関しては、意外にも真面目だった俺は、順調に上達し、25歳の頃には、マスターから任され、店の看板を背負う立場になっていた。
別に、バーテンダーという職業が特段好きだったわけではない。
だが、任された以上は、この道で生きる。
そう決意を固めたものだった。
職業柄、異性との交流も多かった。
BARには、本当に様々なお客が来店する。
特に、女性一人で来るお客は、何かしらの闇を抱えていたりもする。
会話の内容も、どこか重く、寂しげでもあった。
しかし、それを聞いても、特段、偏見で見るわけでもなく、誰にでも公平な接客を意識した。
そんな中、知り合ったある女性の一人をふと思いだす。
名は、杏奈。
歳も近く、趣味も合い、客と店員という間柄ではあったが、まもなく交際することになる。
杏奈は活発で、学生時代は、陸上部でインターハイに出場するなど、男勝りな一面があった。
長身で容姿端麗、関西弁が特徴な、色気のある女性。
今、思えば、本気で惚れ込んでいた。
それほど、女性に入れ込むわけでもなかった俺が、気が付けば、魅了されていた。
彼女の笑顔、仕草、性格全てが好みだったのだろう。
二人で沢山の想い出をつくった。
所謂、カップルがすることは、ほぼ全部やり尽くしたと言えるぐらいに。
何度も身体を重ね合わせ、求め合ったりもした。
そこまで深い関係には縁が無かった、俺に恋愛というものを教えてくれた存在。
ああ。
これが、真の恋愛なんだ。
幸せってこういうことか。
自然にそう思えた。
このまま結婚し、二人で暮らそうか
そう考えるようにもなっていた、ある日の事だった。
続く