先週の受診日に眼科医は言った。
「残念ですがステロイドの後発性白内障、進行してますね」
年末の受診日、
「白内障などの副作用がありますから、ステロイドの量を減らして行きましょう」
と言ったのは、このことだったのかと思った。
「点眼でも…なるんですね」
今週の受診日に精神科医は言った。
「ステロイド、飲んでるんでしたっけ?」
「いいえ、点眼だけです。点眼でもなるんですね」
「そうなんですね、私も知りませんでした」
その前日、同じ会話を口腔外科医と交わしたばかりだった。
彼は担当医であった間、いつも私を甘やかしてくれが、意に添わないものを飲み込ませようともした。
何しろ、口を開けるのは専門だ。無理矢理でも顎を開けさせる。
「なってしまったものは仕方がない。あなたは受け入れるしかない」
にこにこ笑いながらも、彼はいつも暗にそう言っていた。
私はといえば、開いてしまった口に入ってくる「意に添わないもの(要は病気の受容だ)」を
時に吐き出し、喉に詰まらせ、飲み下すしかなかった。
精神科医は、真剣な面持ちでカルテを書いている。
「花粉症なんかでもステロイド出ますよね」
「出ますね。私の点してるのは、最強ランクじゃないですけど、もっと強いヤツです」
「まあ、それなりのが出てるんでしょうね…」
「いや、知識としてはね、なるのは知ってたんですよ。でも、炎症が治まらなきゃ失明もありですから。
白内障はレンズを取り替えればいいから仕方ないって割り切っていたつもりなんですけど…」
一瞬、言葉が詰まった。
「実際、発症しちゃうと…ショックでした。家に帰って、ちょっと泣きました」
「それは、誰もそうですよ。あなただから特別なわけではない」
「今も、まだダメです」
「受け入れるまでに時間がかかりますよ。結局は受け入れるしかなくても。
特にあなたのような病気は、慢性的で経過も長いし、揺れるのは仕方がないです」
「昨日は、娘の病院行きましてね、ずっと歯列矯正してるんですが…」
と、乳歯列からの重篤な反対咬合だったこと、装置が外れなかったこと、矯正を始めた動機を話した。
長くなったので、一言で済むようにと思って、
「小さい頃はともかくとして、年頃になって人前で笑顔が見せられないんじゃないかと…。
ハプスブルグ家のお姫さまみたいになったらって怖かったから」
「ハプスブルグ家? どういうことですか?」
私にとっては意外なことに、精神科医は聞き返してきた。歯科医師と医師では免許が違うのだ、と思った。
歯科医師ならば、「ああ、はい、はい」ですぐに納得してくれる。「そんなに心配だったんですか」という感じだ。
けれど、医師は習わないのだろう。結局、酷い受け口の話をする羽目になった。
「でもね、先生。確かに綺麗に揃ったけれど、娘は外に出られないんです。私は、何のためにやったんでしょう?」
「それは…でも、手術もしないですんだことですし、今回は外れなかったけれど、いつかは外れるんでしょ。
娘さんだって、ずっと今のままということはないでしょうし…」
「先生、娘は来年二十歳になります。それにね、いつだったか、私に言ったんです。
『私がいなければ、お母さんはシェーグレンを発症しなかった』って。それを聞いた時、とても…辛かった」
飲み込めないものは…。