だからこそ、忘れちゃならない

物事がある。

と思って生きている。


うちの犬。名前は大福。男。1歳8ヶ月。



次男坊は小学6年生である。8/30〜31の土日、一泊二日で修学旅行へ行ってきた。次男坊はてんかんがあり、発作が起こる時は、眠り始めか起きる前なので、保護者の付き添いが必要となり、5年生の時の八ヶ岳の自然教室へも行った。眠る時だけは、私達が泊まる場所で一緒に眠り、皆の宿泊先まで送迎をするのである。

今回も八ヶ岳と同じように、日光まで車で行った。前回と違うのは、家の車でなくカーシェアの車。2日で400キロ以上走った。金曜日は通常業務の朝まで仕事をして、土曜日は眠らずに、タクシー業界では明けって事で。

乗り慣れない車で、カクカクしていた運転。30分も走ると慣れてきた。車内の狭さに長男坊が愚痴ってきたが、いつも乗っている車が便利って事だよって話した。普段、慣れきってしまって、有り難みを忘れていたり、感謝の気持ちが薄れる事って、便利な日本に住んでいると、現代人である我々は、結構あるのではないかなと考える。

早目に着いた日光。チェックインにはまだ早くもあり、東照宮へ行ってみた。私も長男坊も修学旅行以来である。私など45年振り??怖い…。

かなりの階段にぼーっとする。一睡もしていない私は黙々と石階段をのぼる。山の中にあり、森林の中の石階段は山登りに近い感覚である。長男坊に腕を組んでもらい、一段一段のぼるばあば。最初は愚痴っていたが、徐々に口数も減っていった。孫のお陰で、家康のお墓がある奥宮まで、200段以上ある階段を登りきれた。汗びっしょりである。今年齢81になる、ばあばにはきつかったか?否、いい運動だと思う。私も含めて普段、歩く事や運動は少ないだろうから。






少し前から、次男坊が咳をしていた。熱はなく、元気そうだったので、病院には行かずに様子を見ていた。


16日、土曜日。私の仕事の復帰日だった。電動チャリが壊れてそのままだったし、しばらくは電車通勤か徒歩で会社まで行ってみよう。この2年間、運動不足も祟って増えた私の体重は過去一マックスである。心療内科で受けた血液検査で、肝臓の数値がガーンと右肩上がりしていて、それについても病院に行かなきゃと考える。歯科も行かなきゃだし。


50も半ばを過ぎると、真剣に?本気で?老化について、悩んだり、感じてきているこの頃ではあるのだ。老眼もまた然り。このブログも、数年前までは躊躇なく書けたものだった。気付くと怖いくらいに老眼が進んでいる。現在、100均の老眼鏡が何個かあり、JINSで作った我妻善逸仕様のお気に入り老眼鏡もあるが、壊れたり傷付くのが嫌で、専ら外出用になっている。因みにもう一つ我妻善逸仕様の伊達眼鏡がある。そのレンズを老眼専用に変えてもらおうかなぁ。結局のところ、よく使うのは壊れても傷付いても、まぁいいかと思える100均の老眼鏡である。こういうところが貧乏性って。目によくないと聞いた事もあるが、果たして??


仕事の初日、土曜日の話に戻る。行きは電車通勤してみた。我が家の最寄りの駅は歩くと25分程度掛かる。もはや、最寄ではないよね。最寄りの駅って言っても。私の足で30分も掛かってしまったのだ。駅近くで、若い子にどんどん抜かされて行く。あれあれ、あれれ?私の歩く速度は、ずっと早いと勝手に思っていたが、こんなに遅いとは。ショックと言うより、浦島太郎状態だった。電車通勤は独身の頃以来振りか。最大限マックス太っている私。支えて歩く私の足も重いのだろう。かっこ悪いな。


最寄りの駅に到着したら、もう汗だく。制服で出なくて正解だった。電車に乗り、すぐに乗り換える。その電車が25分待ちだった。迂闊だったね。かなり待たされた。電動チャリで30分掛かる距離、電車だと1時間だった。不便さを感じた。


思っていたより、汗がヤバかった。ここ数年、日本の夏は普通の暑さではなかったが、実際、外出してみると、こんなにしんどいとは。身体も慣れていないのはあるが、こんなにとは。制服に着替えると、仕事の準備をして、早めに出庫した。仕事のお客様のおひとりが、めっちゃ、ずっと咳をしていて、最近、コロナも流行っているニュースを思い出し、エアコン寒いですか?とか気になって声掛けをしたが、大丈夫と却下されて、またゴホゴホ。窓を全開で走らせてもらいますねとお伝えすればよかった。


帰りはもっと大変だった。歩いて帰ってみたら、1時間15分も掛かってしまった。昔は1時間で行けたのだ。人間は動かなくなると、動かせなくなる。


子ども達から風邪をひき、私も風邪をひき、寝込んでしまった。喉が痛いとかはなかったが、咳が残ってしまい、仕事も8日間休んでしまった。復帰したてなのに…。仕方ないが、休むしかないジレンマに、また悶々とする。


そんな訳で、お休みモード。