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ちゆんの金爆妄想哲学

自分の思った世の中のこと、金爆について書いていきます。
とりとめない内容なのはご勘弁。
もし考えが似てる人がいたらうれしいな('_')ナーンテネ

夢ってなんだろう。


人はなんで、なんのために生きてるんだろう。


大多数の中に埋もれるより、限られた人しかできないことやりたいじゃない。


それを思うのはまた一握りの人間なのかもしれないけど。


あたしは今までべんきょうが取り柄だった。


決して秀才とかではなかったけど、テストではそれなりの点数とって


それなりの高校に行って、国立の大学に合格して


一般的に言われるエリート街道を歩いてきた。


もちろんそのために努力した。


泣きながら勉強したことだってある。


でもそれがなんのためになるのか。


考えながら、ちゃんとした目的をもってやったことはない。


あたしは内気な性格である。


ほんとにコミュ障の人に比べると、割と社交的で大勢で騒ぐのも好きだ。


でも、人と競争したり蹴落とし合ったり、比べるのは大嫌いである。


自分がそんなにできた人間じゃないから。


劣等感しか感じないから。


だから大学3年生の時、迷わず公務員の道を選んだ。


普通の就活と違って、勉強だけしてれば、努力の分だけ恵まれるのが公務員だから。


単純にES書いたり自己分析したり自分で行動することが億劫だった。


一番の苦手分野だった。


だから避けた。


みんながまだほとんど活動していない大学3年生の5月末。


公務員講座が始まった。


その前の年の12月から早期講座を受けてたりしたから、やる気はあった。


というかやるしかなかった。


夏休みの講座もだるかった。友達もいなかった。孤独だった。


でも、なんとなく頑張っている自分が好きで研究室にこもった。


こもってるだけでほとんど何もしてないけど。


夏休みをなんとか乗り越えて10月。


周りの民間組が行動し始めた。特にベンチャー系。


ここで経験を積むらしい。みんな毎日徹夜で必死。


この時点ではあたしはやっぱ民間じゃなくてよかった。


民間はあたしには向いてないと思ってた。


12月。みんな行きたい民間を絞り始めて、就活がスタートした。


自分のやりたいこと、自分の条件に合うところを重点的にみんな頑張ってた。


何度も東京に行ったり、何度も先輩にESみてもらったり・・・


何枚もES書いたせいで腱鞘炎になった子もたくさんいた。


この頃からあたしはなんで自分は公務員目指してるんだろうって思い始めた。


もともと地元に帰りたかった願望があった。でも今はない。


むしろ東京に行って人にもまれて生活したいと思った。


本当は公務員の道を選ぶ前から舞台関係、芸能関係に携わりたいと思ってた。


でも無理だと思った。だからあきらめて心の奥底に仕舞い込んでた部分があった。


でも、周りがすごくきらきらして見えて、同じ公務員を目指すみんなは


ちゃんと目的を持って勉強してて、自分だけすごく中途半端だなって考えるようになった。


公務員が嫌なんじゃない。それ以上に舞台関係の仕事に就きたかった。


大親友の子に相談した。その子は唯一あたしが舞台大好きなことを知っている子。


冗談半分で舞台制作の仕事やりたいんだよねって言ったら


ぜったいやったほうがいいよ!!!!!


って言われた。


衝撃だった。あたしはどう見ても公務員に向いていると自分でも思っていたからだ。


その子とはよく哲学的な話とか、人間の話とかよくしたからかもしれないけど


その考えを仕事に活かしてほしい、もっと舞台を変えてほしいって言われた。


ちゆんにはそれができるって。


正直嬉しかった。自信が持てた。可能性だけでも広げようと思った。


今思えば、その子と離れたくないっていうのもあったと思う。


人生で一番大切な友達だから。


軽い気持ちで民間に手を出した。それが間違いだった。


5月の試験が終わってひと段落したところで、とりあえず思いつくままにいろんな事務所に


履歴書を送った。


最初は全然連絡こなかった。


やっぱりむりなんだと思った。


6月の毎週試験という公務員試験のピークに差し掛かったころ


一社から電話がかかってきた。


とりあえず家でインターンしながらお話しませんかと。


嬉しかった。


正直そんなに興味がないところだったけど一つの門が開けた気がした。


2週間東京。


東京すらまだ1度しか行ったことがないわたしにはとても長い期間だった。


泊まるとこも友達の家を探してなんとかお金をやりくりした。


即答でOKの返事をした。


私には仲のいい5人組のグループがある。


でも、その中の1人にしか民間のことは言えなかった。


軽蔑されるってわかってたから。


いや、否定されるのが怖かっただけかもしれない。


うん、たぶんそうだ。


そして残り4人に言えないまま東京へ行った。


泊まり先は去年台湾へ留学した時にお世話になったSさん家。


妹さんも居候しているなか、快く泊めてくれた。本当に感謝しかない。


初日、7月の暑い日差しの中リクルートスーツという暑苦しい姿で新宿へ向かった。


本当に緊張した。


入口につくと、奇跡的に担当の方に出会えた。


何もわからないまま会場へ通されて、飾りつけをした。


周りが制作さんなのかキャストなのか何もわからない。


言われるがままにとりあえず動いた。


一日目はとにかく重労働で終わった。


あ、いや終わってない。演出家(責任者)の人と話したんだった。


ぶっちゃけあたしはその事務所の舞台を生でもDVDでも見たことがなかった。


あとから聞かされた話、演出家の人は映画監督だったらしい。


だから映画みた?って聞かれたとき心臓止まるかと思った。怖すぎて。


帰りに大声で呼び止められて蔦屋で映画借りてみてこいよって言われたのは


今でも覚えてる。


その日の夜にちゃんと蔦屋で借りて朝四時ぐらいまで見たあたしは


自分をほめてあげたいと思う。


次の日、幕が上がった。


慣れないヒールで足が痛すぎてほとんど覚えてないけど


初めて舞台を見せてもらった。


正直小劇場の舞台を舐めてた。


でも舞台セットなんて関係ないぐらい1人ひとりの演技力がすごかった。


あんまり抽象的な表現は使いたくないけどほんとにすごかったの一言。


レベルが高かった。


そんなこんなで場所を原宿に移しても公演は続いた。


だんだん仕事にも慣れ始めて社員にいらいらするほど(笑)


そして最終日。片づけばっかであんまり覚えてないけど


だいぶみんなと仲良くなれてよかったなって思った。


こんなに短い期間で、たくさんの人と知り合うことができた。


いろんな考え方も聞けたし、得るものはたくさんあった。


演出家の人には気に入ってもらえたらしい。


シナリオライターさん曰く(笑)


たくさんのことを経験させてもらった。


ほぼバイトみたいな感じだったけどみんなができる経験じゃないから。


本当にありがとう。


そういえば、演出家の人がブログで名指しでほめてくれたのは


本当にうれしかったなあ。感謝。




んで帰ってきたら、某市の一次が受かってた。


まだ心も決まらぬまま面接へ。大した準備しなかったな。


無駄に余裕があった。面接で落ちる気しなかったもんな。


んでやっぱり合格。学生時代の過ごし方が気に入ってもらえた模様。


そんなこんなで舞台関係で一番行きたかった会社から電話が突然かかってくる。


一度お会いできませんかと。


嬉しかった。


あたしはもっと新しい舞台の形を作りたかった。


その会社はゲームを基本舞台化していて、客が物語の最後を選べるという


斬新なスタイルをもっていたから。


この会社ならあたしが思っていることを実現できるんじゃないかと思った。


正直インターンでいったさきは演出家の人の独断と偏見な気がしたから。


せっかくなので舞台観劇をするときに会社の人に会いたかった。


だから11月に合うことにした。


でもその間に某市の最終合格が決まった。


某市の最終面接は9月の最後。


朝から吐き気と腹痛にうなされ遅刻して行った面接。


ぶっちゃけ落ちたと思った(笑)


でもなぜか受かってた。


まあ、だからこんなに迷っているわけだが。


そして承諾書を出すために民間のほうを速めてもらった。


すごく優しそうなダンディなおじさまだった。


舞台制作のいいところよりも、きちんと悪いとこ、厳しいところを重点的に話してくれた。


小さな事務所だけど雰囲気はすごく好きだった。


でも条件が厳しすぎた。


手取り15万で福利厚生なし。時間外労働は当たり前。


覚悟していたけど、実家が東京じゃないあたしにとってすごく厳しかった。


それでもなんとか行きたいと、帰ってきてからも保険について調べたり


家調べたりした。気持ちは固まってた。あとは覚悟だけ。


でもやぱり一人では決めきれなくて、友達に相談しても二極端で、


結局は無責任なことは言えないといわれてしまった。当たり前か。


んで、実家に帰ってきたわけ。


保険の話から、就職の話に広げていった。


やっぱり両親ともに公務員をすすめてくる。そりゃそうだよね。


分かってたことだったけど、安心安定って親のエゴだよね。


苦労させたくないって言ってくれるのはうれしいけど


それがあたしの幸せと=ではつながらないでしょ。


不幸にはならないと思う。それはわかる。


でも、好きなん子として失敗してもそれが不幸なのかは別の話でしょ?


まあ、こういう話するとすぐじゃあ東京行けば。とばっさり切られるので


もううんざりだったから言わなかったけど。


気持ちは東京に行きたい。ただお金のこともあるし、親とか祖父母とかのこともあって


罪悪感とか申し訳なさとかいろんな期待背負ってる分


一点張りにすることはできなかった。


まあ、縁切られる覚悟で臨めない自分の覚悟のなさも情けないのだが。


お母さんはまだあたしの気持ちのこと考えてくれてるのかなって思った。


少しは気持ち理解してくれてる部分があるって。


でもお父さんはほんとに昔のひとなんだなって思った。


安定はわかるよ。楽なのはわかるよ。


でもさ、あたし男じゃないし。結婚っていう選択肢もあるし。


生きていけないことはないと思うんだ。


昨日の話し合いで考えてることがよくわかった。


お父さん店長だもんね。そりゃ後輩から娘さん就職どうでしたかって聞かれて


名も知れない会社とか言えないよね。


市役所って言いたいよね。


すべては世間体なんだな。


多分娘の気持ちよりもそっちが優先したんだなって思った。


正直今までで一番失望した。


そんなに地位とかお金に執着する人ではなかったはずなのに。


お前のことを思って。


この言葉一番嫌い。


私の幸せは私が決める。


でも、そこにたどり着くまでには少々の障壁があるから。


親にはそこを支援してほしかった。心の底から。



あんな親には絶対ならない。


固定的な気持ち持ってる人が一番嫌い。




そういえば今日おじいちゃんとおばあちゃんにもキレてしまったな。


市役所に決めたとやろ?市役所がいいさ!東京に行ってなんすっと。


市役所に決まって涙が出た。ずっと心配だったから。東京に行ったらどうしようかと思った。





は?




何言ってんの。




全部自分たちのエゴじゃん。


確かにすごく可愛がってもらったし愛情もたくさん注いでもらった。


その恩は返せてないの確かだけど、あたしがおばあちゃんになったら、親になったら


立場として別に恩なんて返してもらわなくていい。


こどもが、孫がやりたいことやって幸せならそれでいい。


確かに淋しいかもしれないけど本当に子供や孫のことおもうならそうでしょ?


誰かが大人にならなきゃいけない。



なんであたしがならなきゃいけないの?


なんでこんなに背負わなきゃいけないの?


あたしは小さいころから手術とか病気とか入院とか多くて本当に心配かけた。


お金もかけた。めんどうもかけた。


分かってる。全部わかってるから無下にできないんだよ。


その気持ち利用してるの?


そんなこと考えなくていいよって言うけどそう考えるように仕向けてるのは


お母さんたちの方じゃん。


いい子なんて疲れた。


優等生なんて疲れた。



今までたくさんたくさん我慢した。


結局親たちのエゴでこどもって決まるんだね。


無力さが本当に情けない。


ばかみたい。本当に消えたい。人生やり直したい。


きっと、この選択は必然だったんじゃないかな。


あの具合の悪さで市役所に合格したのも、この時期まで民間が弾きのばしになったのも


生まれてきたときに病気もってたのも今までエリート街道進んできたのも全部。


おばあちゃんたちがまだ元気なのも親戚がみんな地元にいるのも


あの3年生の時の選択も全部全部。


そう思うようにする。


そう思わなきゃやってらんないから。


どこまでこの気持ち引きずるかなー。


早く消えるといいなー。


考えただけで涙出ちゃうから。


インターン先も、わざわざ公演前なのに時間作ってくださった民間の方も


応援してくれた友達も、本当にごめんなさい。


そして、可能性を与えてくれて。希望を与えてくれてありがとう。


考えて行動した時間。楽しくて、何よりも大切でした。


少し先の楽しみが来世に少し延びただけ。


ううん、自分の子供がそうやて生きてくれたらいいな。


自分の子供がいつか夢に挑戦したいって言ってきたら


そのときは笑顔で送り出せるように。


そしていつでも帰れる場所を作れるようにこれから生きていく。


親を反面教師にだなんて不謹慎で親不孝者かもしれないけど


それでもあたしはそうやって生きていきます。


子供にだけは後悔させたくないから。















































でも、もう少しだけ。










































もう少しだけ涙流させてね。








































そして
































もう少しだけこの選択を親のせいにさせてね。




































いつか






































いつか自分の選択だって言うから

















































だからそれまで





















































ごめんなさい。