離人感(離人症)と付き合う女子大生のブログ

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悩んでいる日々の記録や発見、全然関係ない息抜き話等していきます。

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お久しぶりです。2年半ぶりの更新です。
高校生頃から時が経つのを本当に早く感じます。がたりと落ち込んだ頃から自分の中では時が止まっています。

本当に飽き性で、五日で更新が終わっていましたね(笑)コメント通知のメールで、存在を思い出しました。。
さくっと近況報告をできず…


近況報告としましては、あの一年後、わたしは大学を辞めました。
秋になるとどうしても気持ちが落ち込んでしまい、通えない通いたくない、で半年休学を選びました。そして春、そのまま退学しました。
そこから編入です。通信制の大学に移りました。人生で二度目の編入です。

もう何を思っていたのかも忘れてしまいましたが…でもきっと、このままずるずる半年ずつ学校に行くことになるのか、と心理的にも金銭的にも自分自身負担だったのだと思います。退学しに行った日の写真がとてつもなく笑顔です。舐めてますね。

少し遡って話をします。個人的な話なので特に面白くはありませんが、この記事で纏めてしまおうかなと。

大学に入る前からわたしは大学に通える自信がありませんでした。そもそも働ける自信がありませんでした。それが不安で仕方なくて、早く働きたい気持ちはありました。

離人感を誰にも相談できずにいた小中の頃は、いつか治るだろう と漠然と考えていました。けど治らない。進路選択が迫る。

中学三年生の冬、急に楽しかったことが楽しいと感じられなくなる症状に陥りました。急速にぼんやりとです。その頃からやや学校を休みがちになりました。
その前に先生にこっぴどく叱られる事件があったのですが(笑)正直反発心はより高まりましたが時差が二ヶ月ほどあったので、わたしは重視する気はありませんでした。カウンセリングや病院で報告する際には話題に上がりますが。

そして、その怒られる前にあった修学旅行が、わたしの最後の重い離人パニックです。それがなくなった途端うつ状態のようになったので、治るために必要な反応なのか、という話はします。

この頃カウンセリングにも行った気がしますが、死ぬほど合わなかったです(笑)すぐやめちゃいました。。

中高一貫の学校だったので、高校にはそのまま上がれました。とても厳しい学校でしたが、むしろ高校生になって少し楽になったように感じていました。けれど過眠に悩まされ始めました。学校から帰宅したらそのまま朝まで眠るような生活でした。10〜12時間くらいですかね。基本10時間前後かな?

学校は多い時で8時限+90?120?分授業の日がありました。
その頃は水曜日が休みがちだと言われて気づいたのですが、よく考えたらその日が前日で完全に疲れている(笑)疲れが出る水曜日です。

中学生の頃も学校から帰って眠って夜中に起きて課題して寝る みたいな生活はしてたので、疲れて帰って耐えきれず眠る、というのは前からでした。夜中にも起きれず朝を迎えるようになった、ということですね。これは中学三年生の頃から始まっていた気がします。
おかげで課題はさっぱりできていませんでしたが、学校では目はぱっちりしていました。

休みがちという話、急に行きたくなくなる日が訪れるんです。行けない、といっても物理的に行けなくなる症状が起こるわけではないので、行きたくないの方が近いのかもしれません。なんだかすごく行きづらくなるんです。

ちょこちょこ月に何日かそれがあったのですが、ついにそれが続いた時に親に叱られ学校へ行きました。それがその高校にきちんと通った最後の日になります。
泣けてくるんですね、学校にいると。なんだかわからないけれど。
体育をサボって保健室に行きましたが熱がないと追い返される学校でしたので、トイレで泣いてから授業に向かいました。見学させてもらって。
それ以降の記憶はあまりありません。それ以降わたしは学校に行かなくなりました。
人間関係に関しても特別何かあったということもなかったです。

病院に行きたい としか言わなくなりました。小学生の頃から離人感を理解されないことにとても傷ついてしまっていたと思うので、どうせわかってくれないという先入観はずっとあったと思います。わかってくれなかった人に必死になるより、わかりそうな人と話がしたかった。
母はなぜかカウンセリングを探してきました。そのカウンセラーさんの元へは今も通っています。
11月の出来事でしたので、とりあえず冬休みまで休んで様子を見よう、とのことでした。

休んでいる間本当に暇でした。でも動画を見たり漫画を読んだりできる。元気ですよね。大量に漫画を買い込んでいました。本当、逃げだったのかな…

新年を迎えても、わたしは学校へ行きませんでした。単位が足りない教科があると通知が来ました。その教科だけ受けに学校へ行きました。しかも途中からでもいいよ、を間に受けて授業の最後だけとか行っていました。ついにその教科担当の先生に怒られましたけど。笑
ベテランの先生が休んでいる間のプリントを何も言わずわかりやすくくれた時は嬉しかったですね。ベテランだなあってかんじでした(笑)

それが高校一年生。高校二年生になって、学校に全く行かなくなりました。大嫌いな先生が担任になりました。この頃からわたしは転入先を探し始めます。
それは夏休みまで続きました。そしてそのまま一度も学校に行くことなく、わたしは学校を辞めました。
友達に「待っているから一度だけでも学校に来て欲しい」と言ってもらいました。行きませんでした。
その後すぐの文化祭には遊びに行きました。わけのわからない行動をするというのがわたしの反発心だったんだろうなあ…

それが一度目の通信制への編入でした。

単位も引き継いでいたし、通信といっても通学もあるところだったので週3くらいで通っていましたね。この頃はとても楽しく生活していました。

そして高校三年生。不安定でしたね。本格的に進路選択。
ずっといつか治ると思っていた。たしかに重い離人は出なくなった。それでも予期不安と小さな離人発作は治らず。予期不安がそれを増幅させていたとしても止められず。
通信に移って時間も増えたのでバイトでもして経験したかったものの、怖くて結局できないまま。
とにかく働ける自信が欲しかった。でも無理でした。
なので猶予が欲しいと思いました。進学を選びました。周りの人がいけるよと後押ししてくれました。

ですが結局こうしてまた通信制にいます。個人的にはいい経験になったとは思っています。


とても長くなりました。本当に要約が苦手です。

現在は通信制なので、週末スクーリングと自宅学習の生活です。拘束時間も長く逃げられない。とても苦手な状況ですよね。笑

通信に変わることを決めて色々調べた際、座学より拘束感がなさそうだと思って芸術を選びました。
座学だと本当に集中できなかったなあと、大学に通っていた頃を思い返します。人の話を聞いていられないというのもうつ状態になってから強くなったと思います。集中するのが大変なのはもとからありますね、すぐ不安な感情に思考を支配されがちなところはある気がします。

大学に通っている頃も、急に泣き出したりしてました。電車の中、バスを降りて学校に向かいたくなくてうろうろ歩いて泣いて。過眠もあって3限に寝坊したこともありました。

テストの日につらくなって学生相談室に泣きながら逃げ込む。予約してないので対応に困られる。保健室行き。忙しそうなので相談できず。泣きながら寝る。テストの件で教授の元に怯えながら行ったらなぜだか泣けてしまい笑われる。たぶんここらへんでもう通じてませんでしたね。あーはいはいされました。まあ課題もらえたんでありがたかったですけど。笑
また誰にもわかってもらえませんでした。

大学でも週に1日はなんだかわからないけど休む生活。本当に出席がギリギリでした。 それでも疲れるのか秋になると反動か不登校になり……。
大学でも特に嫌なことはありませんでした。ただ人とはあまり親しくなれなかったかな、大人数で行動していたしよく休んでいたので。

休学も大学も本当勝手に急に決めたので、学生相談室の方もビックリしてました。勝手です、すみませんね。そういえば高校生になってカウンセリングに通いだした頃に病院にも通い出したのですが、考えすぎないことやね しか言われないのでなかなか信頼できず…この頃病院を変えてみたりもしたのですが、休学を勧められることもなかったのに勝手に休学しました。(病院の話はまた語りたいですが、ここも行かなくなってしまい、前の病院に戻ります)


最近は本当何をして生きているんだというくらいだらだらごろごろ生きています。舐めてます。

バイトは短期バイトを人生で二回しかしたことがありません。頑張った方です。基本は裏方だからと…セール要員で服畳んでましたけど。
今思い返すと恐ろしいです。不安で。

通信に変えたおかげで余裕はできたのか、寝る前の自責感はかなり減りました。昼夜逆転ですけど。過眠ではあります。誰もアドバイスくれません。笑
やっぱり金銭的にもかなり負担が減りました。罪悪感と返せるかという不安がやっぱりありました。

軽く躁鬱気分だったり外出恐怖出てきたりはありますが、徐々に安定してるような気もしなくないです。

スクーリングの朝は毎回怯えますが二日間しかないものを選んだので、二日間には終わりだ!という安心感で挑めます。笑

現在は勝手に減らし二ヶ月に一度のカウンセリング、病院は頓服のランドセンを貰うためだけに数ヶ月に一度行く程度です。

離人について考えることが減ったと思います。家にいることが多いので、不安も少ないです。
日々考え事はしていますが、前より今は向き合っていないかもしれません。
何よりずっと、治す努力をできていません。
むしろ、治っていないことに甘えています。自分を行動しづらくした原因が簡単に消えたら、わたしはなんだったんだろう、と思ってしまいそうです。

最近は人や母親の機嫌にすごく影響されやすい方面に気づいて視点が向いています。


気分が軽い時に行動するという生活でした。また、ガタッと落ち込むのが怖いのです。ずっと気分が軽ければなあと。カウンセラーさんにはいつも楽になるならお薬でもと言われるのですが、病院の方とまた向き合うの、大変ですね…。


周りは就職の決まる年です。わたしも、少しは安定しました。
前に進まなければなと、思います。

離人の話が薄いのと、元気でやってます!という報告でもないのであまり更新に意味はないのですが、ひとまず報告です。
割と元気ではあります。笑