台風12号の影響を受けた
三重県熊野へ行ってきました。


行ってみると船着き場が崩壊していたりマイクロバスがガードレールを超えて横転していたり。


でもそれ以外はとても平穏な
生活を取り戻している様でした。


私達の仕事は川の氾濫で流された家財等のゴミ拾いと家屋に流れ込んだ泥の掻き出しでした。


流されたゴミには額の破片やカーペット、ドアや窓の硝子など生活感を感じました。

同時にそれらの持ち主は今何を思って、どうしているのかと思ってしまいました。


また泥掻きでは家屋の天井にまで水が到達した後があり、押入等の収納スペースまで泥まみれでした。

その泥をシャベルで掻き集めて砂袋に入れてん何往復も繰り返して泥掻きをしました。

でもよかったのはその家のご夫婦が健在で、とても元気そうだった事です。


もちろん今年は震災や台風など天災に襲われて怖いですが、その天災に負けずに何事もなかったように生活をしている人間も強いですねグー


私の方が励まされた気がしますニコニコ



とても貴重な体験をさせて頂いて、大学関係者や社協の方々に感謝すると共に、被災地の方々の日常を早く取り戻せる事ができるよう、お祈りいたしますニコニコ

人生22年生きてきて、今日初めて自分の血液型を知りました。

被災地ボランティアに参加応募したところ、血液型の欄が空欄で

「何かあったときの為に測って来て下さい」って言われました。


ちょうどいい機会だったので測ってきたんですが

その結果が今日来たんですニコニコ


結果は・・・まあ、予想どうりかな??



これで血液型占いに私も参加することができます音譜



その後は卒論書きに学校行って来ました。


テーマは「認知症高齢者とその家族のケア」なんですけど

なかなか終わらないものですねあせる


悪戦苦闘してしまいました。


もっと資料を集めて出直してきますブタ



さて明日からは被災地ボランティアなんで

今日は早めに寝ときますかねチョキ


おやすみなさ~いパー

昨日に続き、今日も老人施設でアルバイトでした音譜




入所者の方と話していたのですが


年をとるという事は様々な事ができなくなっていくということなんですかね??




誰もが「人に迷惑をかけて生きていたくない」とか


「苦しみたくはない」って思っているのに


結局は煙たがられたり、痛みに耐えながら


職員にぶつけたり、自分の中で戦ったり・・・。




そしてその人たちの口から「死にたい」と


聞くのはやっぱり辛いですね




何よりそう思わせている事が切ないです




年をとっても存在意義を持ち続けてもらうことは


簡単そうで難しいのかもしれないですね




そして同時に自殺者や子どもの死を真剣に悼んでいるという事も確かです。


時々「変わってあげたい」という声も聞きました。






年をとるという事は多くの経験を積むことではなんでしょうか??




せっかく現役を引退して第二の人生のスタート地点に立つのに


それを悲しい事だとか「いやだ」って思う社会はどうなんでしょう??




施設で死を迎えられる方々の一番近くにいるのはヘルパーです

でもヘルパーも仕事に追われて疲弊して、一緒に「死」について考えてあげられません。

それを「仕方ない」で片付けていいのでしょうか??


アルバイトの身で偉そうにと思われたらごめんなさい。

でも入所者さんの言葉を聞いて、なんだか悲しくなってしまいました。