なみこさんのセッション

 

 

 

で、でてきてた神社について

自分の思考の癖への気づき。

 

 

 

なみこさんが言ってたワードを手がかりに

(近くて西にある、林の中にある、男の神様の神社)

 

 

 

最初にパパっと地図みて

「あ、ここだ」

と思ったのに

 

 

 

絶対に外したくないが為に

もっと、より条件に当てはまる

場所がないか探して

1番それっぽい神社を採用した↓

 

その神社の名が

「山ノ神神社」

Googleマップでみても山の中にある。

 

 

 

なんとなく下見にいくと

鬱蒼としていて、参道どころか

人が入れる道すらない

 

 

 

 

 

そのとき

赤子連れていたものだから

こりゃ無理だ

夫に一緒に来てもらおうと心に決めた

 

 

 

 

が、夫も仕事が朝早くよる遅いため

その機会は一向に訪れない。

 

 

 

 

赤子を祖父母にあずけて1人でいくには

ハードルが高すぎて

 

道なき道を切り開いて

1人で入ってく勇気もなかった。

 

一先ず、行きやすい神社ばかり

 

 

 

 

その間も

心にはずっとひっかかてるのだがw

 

 

 

 

とある日、

最初にピンときた方の神社も

行きづらかったら嫌だなって思いつつ

軽く下見にいったら。

 

 

 

こりゃまた

廃墟が近くにあって

そこを通っていくのが

怖い!

 

 

 

 

 

ここも1人ではとてもじゃないけどいけない!

と、夫を誘う。

だが、断られるw

 

 

 

 

そもそも。

だんだん自分が怖がりだということに気づく

あれ、私めっちゃ怖がりのくせに

怖がり、ということを認めてないなってことに気づいた。

 

 

 

「めっちゃ怖がり」

で別にいいやんけ

 

 

なんか馬鹿にされるのが嫌とか

見下されるのが嫌とか

シャーマンとか言ってたのにそんなんいってたら嘘ぽいとか

 

 

 

とにかく色んなものでコーティングされていて

 

 

 

何が怖いのか

何を恐れているのか

そこを視ずにいたのね。

 

 

 

それも、怖すぎてw

 

 

 

 

例えば、

夜中、家族が寝静まって

1人で起きている中

廊下とか

みつめるのも怖いとか

 

 

夜中に鏡みれないとか

 

震災後の海いけないとか

 

 

そこを視そうになったら

視ないようにして

視線をすっとそらして無視して寝る。みたいな。

 

 

 

 

これ、ちゃんと、

何を自分がやってるか

感じてみた。

 

 

その気になる場所が

ぱっと目に入ったら

自動的に幼い頃にマンガやテレビで

脳に入れた映像や情報を一瞬で引っ張り出して繋げてたの。

 

 

 

だから、何もなくても怖かった。

いわゆるその"周波数"に自分から合わせにいっていた感じ。

 

 

 

その自分が持っている観念に気づかなかったんだよね。

なんとなくこわいものって。

 

 

 

これ最近みまくっている

あかねさんの発信で気づいて。

 

 

 

 

 

 

で、実際に頭に怖いのが浮かんだら

あ、怖いの浮かべている自分がいるってことに

まず気づいてあげて

 

 

 

それを打ち消すかのように

ハッピーなイメージ思いうかべて、(花ばたけとか夜の星々ファンタジーとか)

ちゃんと、そこを視てみると

思いのほかかわいい廊下の緑の壁があるだけだったり。

 

 

 

 

海に関しても

自分がネガティブなイメージのまま

そこを想っているもんだから

 

 

 

震災後

軽々しく

よそもんが

その場所訪れちゃいけない、とかって。

 

 

 

でも、実際には

毎年祈られている

その場所は神聖でもあったし

 

 

 

 

 

海は、変わらず大好きな海だった。

ただただ美しく強く

そこにあるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

目をつぶって

過去の出来事の周波数に合わせていると

そこを拾うことしかできないの当然だと思った。

 

 

 

そこに気づいて

最初にピンときた

神社にいくことにした。

 

 

 

下見でいったときにしか見つけられなかった

廃墟ルートじゃなく

ちょっと歩くけど正規ルートの道があって

 

 

 

 

 

それはそれは美しい入り口で

恐怖心なんか1ミリも感じず

 

 

 

 

鳥居をくぐると

大風吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

朽ちた神社も畏敬の佇まいであった。

あらゆる植物と光に照らされたその場所は

神々しく

 

 

 

 

 

 

龍も奉られていた

 

 

 

image

 

 

 

まだ咲いていない桜の木もあったので

ままた訪れたいと思った。

 

 

行ってよかった、このタイミング。

 

 

ここでも気づいたのは

1番最初の自分の直感を信じていなかったってこと。

 セッション後の気づきで

自分を信じるって決めたすぐあとに

やらかしてるw

 

 

 

よく情報を集めて

1番の正解を探してしまう

その自分がいるということ。

 

 

 

それは間違いたくない、

人に、はたまた親に、がっかりされたくない自分がいるということ。

 

 

まだまだまだ恐れが私にはあった。

それがわかった。

 

 

そんで、なぜ恐れがあるのか。

を掘っていく。

ので

つづく