何度かブログに書いてきたように、私は20歳から30年以上養護施設で保育士として働いていました。それだけ長く勤めていると、卒園して社会や元の家庭に送り出した子供たちはたくさんいることになります。



病気が分かった時に迷いなく話そうと思った友人、何となく伝える気がしなくて疎遠になった知人たち……。その他に卒園しても親しくしている子供たちのことはすごく悩みました。ちょうどコロナが広がり始めて会えなくなっていたことを理由にして、話すことを先延ばしにいてきた。そして、タイミングを見計らって、ショックを与えないように少しずつ伝えてきた。

まだ話せていない1人……2歳から学園で暮らしていて、途中親類に引き取られてからもいろいろ苦労してきた子。結婚して子どもも産まれて、奥さんや子どもとも何度も会って飲んだりした子。先日こっちに会いに来るとLINEあり、ついに状況を伝えて今は会えないことも話した。

私は子供たちにとって、半分ふるさとである学園の近くに住んで何かあれば力になってくれる力強い「お母さん」であろうとしていたんだと思う。今まで話してきた子供たちは、ショックを受けながらもLINEの付き合いになってしまうことを受け入れてくれたと思う。以降、連絡はLINEで取り合ってきた。

でも、彼は納得しなかった。たくさん泣いて病気のことは受け入れた。でも会えなくなるのは嫌だし、どんな状況になっても変わらないからと。私は強くてしっかりしたお母さん代わりの私から切り替えねばならないのだろう。でも変わりゆく自分との付き合いでいっぱいいっぱいで……。ありのままでいいんだと思っても難しい……。

とりあえず、時間をもらってる。今、一生懸命自分の気持ちを保つことで必死です。
最後に「このまま絶対死なないで」って書いてあった😭

土日は最近息子が美味しいミルクティーを茶葉から入れてくれる。こんな時間は嬉しいです。