ベートーヴェン『ピアノ協奏曲』   『カデンツァ』について

 

ベートーヴェンの『第1番』から『第4番』までのピアノ協奏曲にはベ−ト−ヴェン自身による『カデンツァ』が残されている。

 

『第5番』は、彼自身がカデンツァ自体をも協奏曲の音楽の一部としてすでに作品自体に書き入れてしまっている。ベ−ト−ヴェン自身が『この曲にはカデンツァは不要である』と述べている。

 

『カデンツァ』は、もともと奏者の即興において処理される部分であり、奏者の演奏技巧を即興によって発揮する部分であった。これは、『演奏家』自身の技術者としての誇りと『自己アピ−ル』の姿勢が共存していたためであるが、演奏家自体が、『原典』に本来内包され存在するべき『節度』を超えて、あまりに勝手なことを演じたりつけ加えることによって『作品自体』の本質が変節され、勝手に解釈されるのを恐れた作曲家が、やがて自らオリジナルの『カデンツァ』を作曲するようになっていく。

 

 ベ−ト−ヴェンは、自らがピアノの演奏家であり、音楽構成における芸術性の主張の一部として、自らの手による『カデンツァ』もまた必要になっていくのである。

 

『第1番』から『第4番』までの協奏曲においては、彼自身のピアノ独奏によって

初演されているので『カデンツァ』は楽曲中に入れず、Iの第二転回形にフェルマータを伴って終止し、原調の7の和音のトリルに至るまで、自由に即興していた。そして、『カデンツァ』を参考楽譜として後掲したのであったが、『第5番』に至っては、彼自身が耳の病の進行のため演奏界を去らなければならなかったため、あえて曲中に、『作品の一部』として書いていったと推察されるのであり、『この曲にカデンツァは不要』と言ったのである。

 

 しかし、これは大変斬新な方法であって、これはその後の協奏曲の構成に大きく影響するものであった。そして楽曲中に『カデンツア』を書き入れる習慣は後のロマン派の作曲家たちによって踏襲されることになる。それは20世紀に至っても踏襲されたのである。

 

こうしてピアノ協奏曲の『カデンツァ』は完全に楽曲構成の一部となっていったのである。例えば、シュ−マンやブラームスのピアノ協奏曲の『カデンツァ』はまさにこの方法によって書かれているのである。