久しぶりの更新!

最後にブログを書いてから早4ヶ月が経ちましたが、本当にあっという間でした。
NTSの受領、試験日の決定(11月28日、29日)、受験科目をFAREとAUDに決定。プロメトリックで茅場町の試験会場を予約。休日は最早常連となったAbitusの自習室に通う週末。

この繰り返しで早9月下旬。試験まで残り2カ月。
去年の11月に学習を始めてからもうすぐ1年になろうとしていますが、僕の受験生活はもう暫く続きそうです。思えば、この勉強を始めたきっかけは以下2点でした。

①新人の時、職場である先輩から言われた言葉「覚えの悪いあなたとは一緒に仕事をしたくない。なぜ24にもなって当たり前のこともできないのか。信じられない。」
心から見返したいと思った。本当に悔しかった。

②人に媚びずに価値を生む力が欲しかった。それに付随して、自分の夢(=世界中の子どもが食いっぱぐれることのない世界を創る)を叶える為の一つの武器として、会計の力は魅力的だと感じた。

上記2点をエンジンに、兎に角は今は勉強するのみですが、この勉強の代償として、色んなものを失いました。例えば、

・同期との飲み会を断る       = 同期とのつながりを失う
・職場の飲み会は歓送迎会以外行かない= 付き合いの悪い奴というレッテルを貼られる
・大学時代の友達からの飲み会を断る = 旧友との関係の自然消滅

上記失ったものはありますが、今のところは精神衛生上、僕自身割と楽観的でいられている気がします。
というのも、②で書いた通り一生かけて追いかけたい夢があるから(きっかけについては長くなるので別の機会に書くことにします)。

夢というのはすごいですね。それをイメージするだけで本当にワクワクする。
そして、ある程度の孤独なら耐えられる(1日コンビニの店員さんと話すのみとか)。

ニーチェの言葉に僕の大好きな格言があります。
「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」

今は「夢オナニー」で自分を満たすことしか出来ませんが、いつか、自分が関わることで夢を持てるようになった途上国の子ども100人と、抜けるような青空の下全員笑顔の記念写真を撮る。こんな夢の実現に向けた地歩を固めるべく、今は地中深く根を張っている途中です。


ここまで読むと、未来の投資の為に今の生活を質入れしているように見受けられるかもしれませんが、、決して毎日の生活が灰色な訳ではありません笑
会計の勉強って以外と面白い。というかかなり面白い(interestingの意味で)。

会社で働いている方はよくご存知と思いますが、会社という組織体は、基本的に法律と会計基準の2点に則って運営されています。契約書作成然り、内部統制然り、税務対応然り。この動きを全体感を持って捉えるのに、CPAの勉強は大変役立つ視点を提供してくれました。

だからこそ今は、勉強出来る幸せと楽しさを噛みしめつつ、一歩一歩夢に向かって歩んでいこうと思います。

さて、明日もマルチプルチョイスを解きまくろう!


久しぶりにブログの更新です!

現在CPA取得に向けて目下勉強中なのですが、とにかくREGが難しい!
アメリカの租税法などまったくなじみのない僕にとって、正直まったくイメージわかん。。。

財務会計と税務会計の調整などなど、細かく丁寧に覚える必要ある項目が多くて、
問題集はミスした時に付けるチェックマークで真っ赤!

うーん。どうやって攻略しよう。。。

今までの自己流でやりますか! その名も↓



ゴリ押し勉強法!


特に方法なんてありません笑
ただひたすら問題を解きまくって体で覚える!
ロジックなんて後付けで覚えれば良し!
なんていう非常にテキトーな勉強法なんですが、
ま、何とかなるでしょう!(と自分に言い聞かせる)

さ、このゴールデンウイークは勉強三昧だからもう寝よう!(AM2:00)
最近焦燥感を感じることが多い。
簿記やTOEICや卒論など、やらなきゃいけないことがたてこんでいて、
焦る気持ちを押さえることができなかった。

カンボジアの子どもたちを支援することや
彼らのために資料を作ったり現地渡航のオーガナイザーをしていた3年間。

彼らのために行動することは、
自分のために行動することと同義だった。

そんな自分の大学3年間は、世の中の厳しさを知っている人たちから言えば
「ムダな」ことに費やしてきたと言われるのかもしれない。

だけど、そんな無駄なことに
自分の持てる時間と頭と体を総動員して取り組み続けてきた事実が、、
自分の生きる意味、使命感を芽生えさせてくれたんだ。

「カンボジア、ひいては全ての子どもが食いっぱぐれることのない世界にしたい」

その想いはどんなことがあっても絶対消えない。
むしろ、辛いことがあればあるほど、
自分を導く拠り所みたいなものになって、
くじけそうな自分を支えてくれる。

5回渡航して、そのたびにくれた子どもたちの
こぼれそうな笑顔がどうしても、どうしても忘れられないんだ。

カンボジアのある孤児院に住む子どもたち。
「まともにご飯も食べられないのに、夢なんて持てないよ」
泣きながらある年長の男の子は言っていた。
だけど、また別の女の子はこうも言っていた。
「あなたたちがいてくれるからがんばれる。」

二人の子どもの決定的な違いは、心の中に
「自分で自分の人生を創っていこうとする活力」
いわば希望のようなものがあるかないかなんだろう。
ただ、だからといってご飯が食べられれば希望が持てるかというと必ずしもそうではない。
それは日本で自殺者が多いことからもわかる。

だけど、もし十分なご飯を食べることができないことが
希望を持つための制約条件の一つとなっているのなら、
それを取り除くことに意味はあるはず。

「自分が生きているうちにご飯で困るこどもがいなくなる。」

そんな世界を実現することは難しいかもしれないけど
長い歴史の中でいつか自分の生きた時代が、
ご飯で困るこどもがいなくなるための
一つの里程標になっていたらと思う。

自分の孫の、そのまた孫たちの時代に
「今の子どもたちは満足にご飯が食べれているけど、
そのきっかけはあの頃にあったんだなあ」
そんなことを言ってもらえる時代にしたい。

今自分がやっていることは、そんな時代を創るための
ツールを学んでいるに過ぎないのかもしれない。
だけど、自分が望む世界を創るには、
財務諸表は読めた方がいいし、
英語は絶対に話せた方がいい。

ツールを身につけることが目的化してはいけないけど、
ツールなしでできることは限られてる。

それは現地NGOのカンボジア人スタッフとまともに事業の話ができなかったことや、
予算作成に全く関与できなかった経験からも理解できる。

自分のペースで焦らずに、一歩づつ身につけるものを身に付けていこう。