2012年12月16日に衆議院選挙が行われ、
が、実は日本は本当の民主主義国家ではないのだ。
日本は政党政治+選挙という方式で、国民が選挙を通じて政治に参加することで民主主義であるということになってますが、これは実は全然民主主義ではないのです。
一体コイツは何を言ってるんだぁ?と思われたかもしれませんが、
民主主義とはなんですか?
政党というのは政策の詰め合わせです。そして選挙は、政策のパッケージ販売です。「
もしその詰め合わせの中に、
例えば5個中4個はいいけと1個ダメ。
5個中4個ならマシな方です。
実際に政治を行なっているのはあくまで与党である一政党であって、日本国民ではないのです。そういう意味で、事実上政党政治は専制政治と言えます。今回のように自民党が衆議院で過半数の議席をとってしまえば、自民党だけでどんな法案も成立させられるようになります。これのどこが民主主義なんですか!
私はこれを間接民主制の破綻と捉え、1億人の国民をもつ国家でどのようにすれば直接民主制が可能かを考案しているところです。まずはみなさん、「欺瞞的民主主義」から目を覚ましてください。
最後に。
このことを教えてくれたのは実はなんとあのカダフィー大佐です。ムスカではありませんよ。リビアの元指導者です。彼は彼の著書「緑の書」でこんな言葉を残しています。少し長いけど読んでください。まさに正鵠を得ています。
「人民の代表というのはありえない。代表とはペテンである。」
「議会とは、欺瞞的に人民を代表する機関である。」
「政党とは、現代の独裁制であり、近代の独裁的統治機構である。」
「政党ゲームとは、民主主義の見せ掛けの体裁をこらした欺瞞的な茶番劇なのであって、実際には、利己的な目的のために策略と詭計と政治的駆け引きをもてあそぶことの上に成り立っている」
「もし、ある政党が選挙で勝利を収めた結果として、議会をおさえるならば、その議会はその政党のものであって、人民のものではない。議会が委託する行政権力は、政党のものとなってしまっていて、人民のものにはなっていない。また、いくつかの政党が議席を分け合っている議会の場合でも、議員たちはそれぞれ自党を代表しているのであって、人民の代表ではない。こうした制度の下では、人民は単なる争奪の対象物とされ、権力をめぐって対立しあう統治機構の票田として利用されているにすぎない。人民は黙々として長い行列を作り、ゴミ箱に紙を投げ入れるように一票を投じるのである」
「政党の数が多ければ、権力抗争が激化し、権力をめぐる政党間抗争は人民が築き上げた成果を根底から破壊し、社会の利益となるはずの計画までも台無しにすることがある。野党がこうした破壊をあえてするのは、権力の座を奪うことを目的として与党の立場を損なおうとするためである。政党間の権力闘争は、それが暴力的な形態をとるのはまれだとしても、相手の活動に対する非難や中傷に終始し、その結果、はるかに重要で高次元の社会的利益が損なわれる。(中略)こうして社会の利益や計画が、政党間の権力闘争の犠牲とされるのである。」