Surupa Goes To Nepal -2ページ目

Surupa Goes To Nepal

青年海外協力隊として、ネパールのカトマンズ郡キルティプール市へ行きます。

日本からロータリーという国際親善・奉仕を行う団体の友人たちが来るのに合わせて、シンズリ郡に行ってきました。この郡には青年海外協力隊も6人派遣されています。

以前来た時は通り過ぎただけだったので、楽しみだったのですが、1日目のつ到着夜8時半翌日出発9時、その後学校回りということで、現地の友人にもなかなか会えず、残念でした。が、ゆったりとした良い街でした。

今回はロータリーが買った学用品を学校に届けるお手伝いをしたのですが、シンズリの公立学校はやはり私の住む首都圏とは少し異なっていました。何より驚いたことが、
 ① カバンを持っていない💼
 ② 高学年の女子生徒の化粧がばっちり

①カバン
手で教科書をそのまま持っています。カトマンズ周辺ではサブバッグを持たずに手で教科書を持っている子どもは見るものの、メインのバッグを持たない子はいないので驚きました。

②高学年女子の化粧
カトマンズ周辺は禁止しているのか、そこまでしっかりしていません。でも、シンズリではお昼を買うお金を子どもが貯めて化粧品を買うこともあるとか。

さて、今回は約15万円分で買った学用品で3つの学校を支援します。これは、日本でロータリー活動をしているネパール人の友人の母校2つ、その近くの地震で校舎が倒壊した学校の3校です。

小学生全員にカバン、それ以外の全校生徒(1~12年生)にはノートとペン(または鉛筆)、お土産のお菓子、図書館のある学校には参考書の寄付です。

私はお手伝いという形になりましたが、こうしてネパールの山の村の出身の友人が地元に戻って、ロータリーのお金で地元の学校に還元できるのは制度的にも、また子どもたちにとっても励みになることなのだろうと思いました。

特に、校舎が倒壊した学校の運営委員の人の以下の言葉が印象的でした。

自分は学校が開校したときから、この学校を見ている。
苦労があった。色々なことがあった。でも、頑張ってここまで運営してきた。
2015年4月25日に地震が起きて、校舎が倒壊してしまって、打ちのめされて終わったと思った。

しかし、今回のように世界中から支援が来た。
仮校舎を建ててくれたり、このように物品を配って勇気づけてくれた。

本当にこの一つ一つが自分たちを勇気づけてくれている。

物の支援って、一時的な気がしてあまり好きではない自分ですが、こういう風に、「私は応援しているよ」と示す効果があるのだと感じさせてもらいました。
今回、このような機会をくれたロータリークラブの面々に感謝です。






↓シンズリ名物ジュナール。ネパールでは有名なこの果実も、もとは日本が導入した種。
前々回、デウシについて書きましたが、実はあったのです。第二回が。
急に当日子ども会の子供から電話がかかってきました!
「この間みたいにデウシするから、踊る準備してきてください。」

子どもから電話が来たのは初めてで、ちょっとはしゃぐ私。しかし…
また?!

ということで、ドキドキしながら行ったのですが、今回も楽しかったです。
しかも、前回分と合わせて約7,000円の寄付が集まりました。

普段子どもから回収している会費は全員分まとめてもひと月で1,500円分くらいなので、二晩でこんなに集まって子どもたちも大喜びでした!
さあ、次はこれをまた活動に結びつけること。

今回のイベントで、地域での子ども会の認知度も上がり、地元のみなさんに子ども会ができて良かったと思ってもらえて、すごくうれしかったです。子ども会
「ヌーダヤ ビントゥナ!」
ネワール語でHappy New Yearです。11/12はネワールの新年でした。1136年前にネワールの国ができたのを祝う日です。ちなみにこの、神輿に乗っているのが建国の父。

今日はキルティプルの家々から人々がネワリドレスを着て、街を回ります。私も友達に誘われて参加してきました。

すごい人人人…。何百メートルも連なる列に圧巻です。各所で地域の人が水やビスケットを振る舞ってくれたり、着飾ってる人が迎えてくれたり。

私もスタート地点からゴール地点までネワリドレスを着て一緒に歩きましたが、いつもとは違う街の雰囲気にキルティプル愛が深まりました 笑

当日祭を見に来てくれたシニアボランティアのお二人にも喜んでもらえ、とてもうれしかったです。

↓ネワリドレスコレクション
父子
ジャンガ・スルワール


↓マンダラや行列を迎えるために飾り付けられた街
雑穀マンダラ
道

↓ちなみに各所にあるマンダラ、前日から必死でみんなが書いています。写真のは夜中の1時。休憩の跡(トランプ)も見えます
マンダラ書きかけ
インドを含む南アジアのヒンドゥー教徒達にとって、11/9~13は「ティハール」と呼ばれる光の祭典です。
 1日目 カラス
 2日目 犬
 3日目 ラクシュミー(美と豊穣の神)
 4日目 牛
 5日目 弟(男兄弟)

と日によって違う対象に祈りを捧げます。この期間中は家の前にマンダラを書いたり、ロウソクを並べたり、電飾を飾ったりして、光で街を飾ります。

マンダラ

また、この時期にこども(一部大人)が「デウシ」をします。デウシとは、芸を披露してお菓子やお金、米をもらうことです。ということで、街のあちこちで音楽を奏でて家々を回る子どもたちが見られます。

私の近所では、いつも一緒に活動している子ども会がデウシ祭をするというので、行ってきました。子どもたちがダンスや歌、組体操(みたいなの)を披露していきます。そして、大人たちからはプレゼントが。

雰囲気

実は私も飛び入りで参加し、楽しい夜となりました。あ、私は何ももらってませんよ。拍手だけです 笑
踊り
ガソリンの無いネパール。そのためガスの無いネパール。じゃあ、どうしてるのか。何とかしてます。

ガスの代わりに、薪で調理。今のネパール人のお母さん達、生まれた頃はガスなんて無かった。今でも山奥では薪で調理。薪での調理に抵抗はありません。うちの大家さんも屋上で薪を燃やして調理。

ガス台の代わりにかまど作成。レンガでかまどを作ったり、土と牛糞を混ぜてかまどを作ったり。ガスが無いならかまどを作ればいいだけ。「かまどがあれば、屋内でも大丈夫」だそうです。実際は室内の大気環境ためには良くないとは思うのですが…。




お茶屋さんも電気ポットと魔法瓶で、できる限り温かいお茶を出すため工夫して営業中です。

こんな感じに大分たくましくやってます。日本でガスが無くなったらどうしたらいいか分からないのですが、何とかなるのがネパールのようです。

でも、もうこのゼネラルストライキが始まって2か月。おかげで地震後の生活再建も進んでいません。早く何とか解決してくれることを願うのみ。インド政府がストライキ解消のために動いてくれますように。
9月20日はネパールの憲法制定日でした。

「ネパールって憲法無かったの?」
そんな声が聞こえてきそうですが、そうなんです。ネパールには2008年の民主化以降、憲法が無かったんです。

それより前には憲法はありました。それまでネパールは王制で、ネパール国王が政治的権限も持っていました。次第に自分の権限を拡張する国王に対し、2008年民主化運動が起こりました。そして国王は退位、晴れて民主主義の国となりました。

新しい国づくりのために必要なのが憲法。王制を改めて、新たに民主主義の国としての憲法を制定します。当時から憲法制定会議が開かれたものの、2015年までの7年間憲法が無い状態が続いていました。国の根幹を決める憲法、各党で譲れない部分も多く、議論が難航したのです。

しかし、そこで今年4月地震が起きます。地震復興のために世界中から支援も届きました。この支援を有効に活用し、よりよい震災復興に繋げていくためには、やはり憲法が必要でです。

そして地震後一気に加速した憲法制定会議。ついに2015年9月20日には新憲法制定となりました。しかし、いまだに反対派が多く、南部ではゼネラル・ストライキが続いています。

いくつか原因があるのですが、大きくは州割と国籍にあるそうです。どちらも大きな反対勢力がマデシと言われる、インドに起源を持つネパール人です。彼らが自分たちの民族の意識が政治的に反映されるような州割や国籍付与を訴え、ゼネラル・ストライキを行っています。

ゼネラル・ストライキはあらゆる経済活動を禁止する活動です。主に、道を車が走っていると攻撃したり、店舗営業していると投石したりします。

ネパールはほとんどの物資をインドからの輸入に頼っているため、インド国境が閉じられると物資が途絶えます。特に深刻なのがガス、ガソリン。

今では一般の人はガソリンが購入できず、公共交通機関および会社/政府所有者にしかガソリンが配給されません。ガスの購入もできず、(信ぴょう性は謎ですが)新聞によると4割の店が営業を停止しているそうです。

↓一般の人にも久しぶりにガソリンが配給されると聞いて、列を作る人々
バイク
車

ちなみに私の同僚は正午にガソリンが配布されると聞いて朝5時から並んだものの、手に入れられなかったそうです。新聞によると、30時間並んだ人がようやく手に入れられたとか。

とりあえず、私の生活への影響は
 ・バスが常に満員でなかなか乗れない
 ・外食のメニューが限られている
 ・ガスが手に入らないのが怖くて、ぬるい水でシャワーを浴びている

このあたりです。
写真はガソリンスタンドにならぶ車と満員バスです。普段はバスの上に人が乗るのは禁止ですが、今はそんなこと言ってられない状況です。




インド系住民の要求だけを通すわけにはいかないと、我慢強くこの不便な状況を辛抱するネパール人。ちなみに、この国は民族・カーストが120以上あると言われます。ガソリンスタンドに10時間以上並んでガソリンが得られなくても、文句は行っても暴力には至りません。

どうかどうか、早く物流が復活して、震災復興へと動き出せる国になってほしいものです
前回の市内大会に引き続き、3市合同大会が行われました。わがキルティプルから1校(パンガ中学)、隣のラリトプル市から1校、カトマンズ市から2校、各チーム3人
での参加です。

KLK = Kathmandu, Lalitpur, Kirtipur

会場

種目は3つ。
 ①環境クイズ
 ②スピーチ「ゴミ処理は私の義務」
 ③壁新聞「自校の活動紹介」

①環境クイズ

環境関連問題80%、一般問題20%です。市内では圧倒的なクイズ正答を誇ったパンガ中学の面々も苦戦し、ここでは100点中45点の得点です。

クイズ

②スピーチ「ゴミ処理は私の責任」

それぞれの学校からの代表者が5分間のスピーチをします。緊張からか言葉が出なくなってしまう生徒もいたり、淀みなく話す生徒もいたりして、各校の雰囲気が出ますが、みんな日本人の中学生よりスピーチ慣れしていて、堂々と話していました。

③壁新聞「自校の活動紹介」

各校事前に用意した模造紙の壁新聞です。普段学校でどのような活動をしているか、写真と文章で表現します。英語またはネパール語としたため、4校中3校が英語。私にとっては理解しやすく面白かったです。
ここで、印象に残った言葉を。

私は環境を守りたいのではない。
環境を守る必要のない世界を作りたいのだ。


本当に、みんなが意識しなくても環境が美しいまま維持されるようになればいいですね。

新聞

この3種目で各100点。総合点で争います。
結果は
 1.トリパドマ中学(ラリトプル)
 2.パンガ中学(キルティプル)
 3.オキシデンタル中学(カトマンズ)
 4.ジャナタパ中学(カトマンズ)

賞品

わが市パンガ中学はクイズでは最下位でしたが、壁新聞とスピーチで最高得点を取り、盛り返したようです。

パンガチーム

ただもちろん、私たちの願いは勝つことではありません。これを機に、環境活動にもっとやる気を高めてほしい。他の学校の手本となってほしい。

日本みたいに学校間の大会のようなものはたくさん無いので、この機会がただ「楽しかった」で終わるのではなく、今後効果が長く続いてほしいと思っています。

集合

だからこそ、これからの私の役割は学校の環境活動のモニタリング&コンサルティングですね!
9月29日、環境教育大会市内予選を開催しました。これはカトマンズ市、ラリトプル市に派遣されている環境教育隊員と協同で実施しようとしているプロジェクトの一部です。

以前少し紹介したかもしれませんが、お隣のカトマンズ市、ラリトプル市には同じ環境教育のために派遣されている隊員がいます。その友人たちと共に、市内の中学生(6-9年生)を対象に「三市合同環境教育大会」を開くことにしました。

まずは、キルティプル市での市内予選です。
最初はもともと私が一緒に活動をしている学校に呼びかける予定だったのですが…。急にカウンターパートが

「市が主催なのに、学校を選ぶなんてダメだ! 文句が出たら困るからとりあえず全学校に案内を送ろう。きっと実際参加する学校はあまり無いから大丈夫だよ。」

と…。
え? 大丈夫? 私とカウンターパート(私とペアで仕事をする人)と何人かのボランティアでそれって開催できるものなの…?

案の定、申し込み校数は14に!
実際当日来たのは12校だったのですが、予定よりだいぶ多い校数に驚くカウンターパート。。。

結果、市内で活動をするNGOに手助けを依頼。商品の提供やボランティアに来てもらうお願いをします。われらキルティプルは廃棄物管理課は局長ひとり、職員一人、私、そして市内清掃の清掃人だけの弱小課。当日も、市役所職員の応援は頼めそうにありません…。

カウンターパートと週末にNGO事務所を尋ねたりしつつ準備を整えます。イギリス最大級のNGO、Oxfamがスポンサーについてくれることになり、金銭面的にも潤いました。
※ネパールでは、市役所よりNGOの方がお金持ちなことが多々あります。

そして当日。
開始予定の10時になっても、来ている学校ゼロ。10:30にようやく2校。不安が漂いますが、11時には開始することに決めます。

11時には12校到着。当日欠席が2校ありますが、会は開始。
項目は2つ。①:②=60:40で配点に軽重があります。
①活動プレゼン
②クイズ


①環境活動プレゼンテーション

各学校がどんな環境活動に取り組んでいるのかがよく分かります。模造紙に写真を貼って見せる学校もあります。活動紹介を聞きつつ、私も知らなかった様々な活動が紹介され、今後一緒に活動するためのヒントにできる情報をたくさん得ることができました。

実際には学校によって環境への取り組みには差があります。エコバッグの導入や環境クラブ活動をしている学校もあれば、「自分たちの学校を綺麗にしようとしています」というふわっとしたことを言う学校もあります。

他の学校の活動を聞いて、今後の自分の学校の活動に活かしてほしいと思います。

プレゼン

②クイズ
環境関連(自然、環境破壊等)80%、一般20%からの出題です。ガンガン答える学校もあれば、答えが外れてしまい、得点を得られない学校も。得点が学校間に差がつきます。
クイズ


全てを終えて、優勝はパンガ中学に決定! 実は環境活動を熱心にやっている方ではなかったのですが、クイズでの圧倒的な得点が効きました。

優勝

この大会の目的は環境活動を頑張っている学校を表彰し、各校に動機づけを行うことがあったのですが、クイズの配点で意外に差が出てしまって、カウンターパートも私も少し残念でした。

各校生徒が、これを機に環境活動に対して関心を高め、行動を起こしてくれると嬉しく思います。ということで、この大会後にはすかさず学校を訪れて、環境活動の実施を促します!

会場
8月30日はガイジャットラというネワール人にとって、とっても大切なお祭りです。ガイジャットラはこの年に亡くなった方の安寧を願って行われます。

起源は昔々、ネワールの王朝時代にさかのぼります。当時、ネワールの王・王妃夫妻には息子がいましたが、ある時亡くなってしまいます。そのことが悲しくて悲しくて・・・

王妃「なぜうちの子だけが亡くなってしまったのでしょう。悲しくてたまらない。」
王「毎年人は大勢亡くなっているんだよ。うちの王子だけではないんだ。」
王妃「そんなの信じられません。」
王「分かった。では、街で祭をしよう。そして、この1年で亡くなってしまった人がいる家庭から牛の姿をした人を一人出してもらおう。」

そして当日、街にはたくさんの牛の仮装をした人々が現れました。それを見て王妃は、多くの人が大切な人を亡くした悲しみを共有していることを学んだそうです。

実際どんな言い方をしたのかは分かりませんが、こんな経緯があって、ガイジャットラが行われることになったそうです。

こんな感じで1日が流れます。

朝:
弔うべき人のいる家の前には祭壇が出、その家の子供が牛の姿をして街を周ります。街を回ると、それぞれの集落からお菓子や軽食がもらえます。

朝
朝1

昼:
行列が出ます。亡くなった人の遺影を掲げ、お面をかぶっている人が並びます。今年は地震で亡くなった人も多く、いつもより行列が長く続きます。

一緒に回った友人の友人がおじいさんの遺影を掲げ、仮装していたので、写真撮影をお願いするとだいぶファンキーな感じで写真を撮らせてくれました(ちなみに中身は若い男性)。

大切な人を失って、悲しく粛々と行われる行事かと思いきや、多くの人にとっては楽しい祭のようです。

昼
昼2

夜:
仮装行列が大規模になり、街を練り歩きます。昼のように粛々と歩く人もいるのですが、その後にはハロウィンさながらの面白仮装が続きます。女装、キャラクター… そんな彼らが踊ったりパフォーマンスをしながら練り歩き、見ていてとても楽しいです。

そして、祭のクライマックスは牛に扮した人々の踊り。踊って街の中心の池を周ります。朝の子どもたちと同じ仮装なのですが、夜なので成人男性たちが牛の恰好をしています。

そして、最後に水牛の肉が踊る牛男たちに、集落単位でプレゼントされます。水牛の頭をもらえる集落は2つ。それ以外は水牛の足が振る舞われます。これはガイジャットラ発祥の頃からもらえる集落が決まっているそうです。

祭はその後も飲んだ人々が騒ぎつつ続きますが、子どもと女性の時間はここまで。私はいつまでもにぎやかな街とともに眠りにつきました。

夜1
夜2
夜

後日談:
翌日、この水牛の頭が捌かれていました。力いっぱい頭蓋骨を割って、なかの脳みそを料理のために取り出す様子は少し怖かったです。ただ…水牛の脳みそはおいしいと日本人仲間にも評判です。私にとっては、可もなく不可もなくなお味です。(触感がふわふわで不思議

翌日
だいぶ前に書いた記事なのですが、アップするタイミングが遅れました。今日はものすごくぶりの何もない休みの日です。(腹痛で遊びに行けなかったというのもあり…)

8月29日の満月の日は、「ジャナイプーニマ」という祭の日でした。満月の夜に仏教徒は毎月特別なお祈りをするのですが、この月は仏教徒に限らず私の住むキルティプル市では街の中の寺(と言っても地蔵サイズ)に専攻を灯して回ります。


また、火を灯すだけではなく、線香も捧げます。線香とやかんを手に持ち、街を大勢の人が歩く姿はまるでお盆のよう。8月ということもあって、お盆のイメージです。






ちなみにちょうどこの翌日はガイジャットラ。この1年に亡くなった人を忍んで行われる祭りです。こんなところにも、日本の文化との類似性を感じたりします。


この日はヒンズー教徒にとっても特別な日で、ヒンズー教の寺で腕に紐をまいてもらいます。この紐は11月のラクシュミ・プジャまで腕に巻いておくと願いが叶うらしいです。


手に