最近、知人(知り合って15年は経つ?)と呑みに行った時に、ちゃんちゃん(僕)には幸せになってほしい。だから、もっと自信を持ったほうがいい。って言われた。

 

この時、自分はなぜそんなことを言われなければならないのだろうっていう思いが頭の中でグルグル回った。こいつは自分の何を知ってる?毎日会っているわけでもないし、連絡を取り合って日々の行動を知っているわけでもないのに。幸せになってほしい、そう言うということは、きっとこいつは自分のことを不幸なやつだと思ってるんだなと、馬鹿にされているように感じてならなかった。

 

実際、半年前の自分は4年間お付き合いをしていた相手と別れて、ネガティブな言葉をつい言ってしまったり、自分を卑下することが続いた。でも、そんな時に慕っている年上の友人から、解放おめでとう(祝)っていうメッセージが届いて、だいぶ心がスッキリした。こんな人会ったことない。ほんと太陽のような人だなって、こんなポジティブに物事を考える、感じられる人になりたいなって心から尊敬した。その後も何かうまくいかなかったり、気持ち的にどうしても辛く苦しくなった時は、その友人と呑みに行って、よし!頑張ろう!って思うことができて、クソッタレな気持ちを晴らしてくれる。本当に感謝カンゲキ雨嵐。

 

その友人と呑みに行って自分が話をしていた時に、ふと言われたことが結構気に入ってる。

ちゃんちゃんむは、何をしていても楽しく感じられるから毎日が幸せそうでいいよね!って言ってもらえた。言われたその時はどうかな?って感じたし、よくわからなかった。でも呑みが終わって解散して電車で帰っている時に、たくさん話せて楽しかったな。おいしいお酒飲んだな。おいしいご飯食べたな。気持ちが晴れて嬉しかったな。そう思えたことがとても幸せだと感じることができた。

 

その時から、家でホットココアを飲んでる時、プッチンプリンを食べてる時、料理がうまくできて美味しかった時、好きなYoutuberのゲーム実況を観たり雑談を聞きながら笑ってる時、大学の友人とオンラインゲームをしている時、ファミレスでも居酒屋でもいい、外で美味しいご飯を食べながら友人と楽しく話している時、実家にいるおばあちゃんから大量の和菓子をもらった時、思い返すとどんどん出てくる。

 

こういう日々の中での嬉しいこと、楽しいこと、美味しいと感じること。

=自分にとっての幸せ。なんだと気づいた。

小さいことでもなんでもいい。いろんな幸せを今後も感じて、見つけていきたい。

 

 

追伸(これ大事!):家にいる時は基本一人だけど、誰かと遊びに行く、ご飯を食べに行く、呑みに行く、話をする。この『誰か』が誰なのかによって、自分とは合わない人と、合う人とでは、幸せの感じ方に天と地の差が出る。我慢はするな。違和感を感じたら離れていい。逃げていい。逃げた先に合う人がいるから。