「権力」 この言葉を聞いて

皆様は何を想像されたでしょうか?

今日あるドラマを見ていて強烈な印象を受けた言葉がありました

もし意味合いが違っていたらごめんなさい

「権力が大きければ大きいほど

それを掴んだ時 転落は近い」(近くなる)

このところの日本の様々な状況にまさにあてはまる多くのことがあったと思います

絶好調まさにその時が最高の時であり

さらに前進する事無く

目に見えて衰退していった

 

占いの四柱推命でも帝王という運があります

どちらかと言うと独裁者に近いイメージでしょうか?

安易な妥協を嫌い他人の意見を聞かず 自分の意見を通そうとします

強烈な個性と自負心の持ち主

また王ゆえでしょうか?

自分を脅かす存在も黙ってはいれません。。。。

そこでなにがあるのか?。。。。。

 

どちらにしてもこの運も今が最高の運です

やがて忍び寄る衰運がきます

一度権力を握ったものがそれを手放すまいとしがみつく人もいます

 

どんな王でも

やはり人心を得れない時は

いずれの時にか去るときが来ます

 

これも一つの意見であります

 

 

 

 

 

 

 

皆様お盆をいかがお過ごしでしょうか!

タイトルの「夕凪の街 桜の国」は

2007年映画化 公開された

佐々部清監督の作品です

原爆を題材にした物語です

劇中 原爆のシーンは余り多くはありません

むしろ原爆後に必死に生きた人々を描いた作品です

構成は二部制 一部の主人公は麻生久美子さん

二部の主人公は田中麗奈さん

他 脇を藤村志保さん 堺正章さんが固めています

劇中 被爆した主人公が

うちはこの世におっても ええんかね」

というシーンがあります

この言葉の深い意味を考えた時に

原爆をの被害を受けた主人公がなおも背負わなければいけなかったこと。。。。。。。。

 

そこに住んでいただけで被害を受けた

死ぬほどの痛みと苦しみを負った

多くの人々

今なお苦しみを悲しみを痛みを傷跡を負いながら

生きている人々

誰もが原爆を忘れてはいけない

戦争の悲惨さを忘れてはいけない

劇の最終シーンでは

蝉の声が劇場中に響き渡ります

余計な音 いわゆる小さな雑音も人のひそひそ声も一切しません

聞こえるのは果てしなく泣き続ける

蝉の物悲しい鳴き声

そして何一つ言葉はいらない

劇場中が感動の悲しみに浸っているのが伝わる

劇場の観客が一体となって

戦争原爆の悲しさ生きることの大変さを感じた感動作品でした

 

東日本大震災以後も

全国のいたるところで 自然災害がいつどこで

何が起こるかわからない被害が続いています

そこに住んでいただけで被害を受けた

避けられない大きな災害です

原爆も自然災害も

そこに住んでいただけで大きなかけがえのないものを一瞬でなくし

悲しみも苦しみも想像以上であることはいうまでもありません

けれども

そこに大きな違いがあることは皆さまおわかりですよね

避けられることと避けられないことの大きな違いがあります

戦争は絶対避けなければならない

戦争はしてはならない

そこに住んでいるだけで起きる不幸

原爆は防げた可能性があった!

自然災害の

避けたくとも避けられない被害とは全く違うものです!

戦争がなかったら投爆はなかった。。。。。。

 

戦争を知らない世代が多い世の中になってきました

戦争を知らなくても

世界平和を望み安心安全な世の中で

人々が心から笑える生活を過ごせることを願つています

 

 

 

これまであらゆる分野の方の色々な相談にのってきました

人によって悩みの種も受け止め方も違うので解決の方法が違ってくるのは必然です

  さて話はちょっと変わりますが私が今まで「してはならぬこと」 或いは「言ってはならぬこと」があります

まず第一に神でもない人間が何か裁きを下すが如き人に対して「落ちるよ!」という言葉です

また人に対して

確かに報道される事件で人間がなす事であろうことかと目を覆いたくなるようなことが多々ある昨今は承知のとおりです

ですが「人間のくず かす」という言葉も言ってはならぬと思います

人に対して人の評価をここまで下げる言い方にとても抵抗があります ましてや普通の人間に対してのこの言葉の時はとても嫌な気持ち悲しい気分になります これは押し付けではなく私自身の信条でもあります

「落ちる かす くず」

これからも絶対に言うことはありません

次に

電話がかかってきた時に極力出ることです

もちろん出れない状況の時もありますが

まず鳴っている電話を切ることができません!

電話を切る=拒否と考えるからです

切られた相手によっては深く傷つく人もいるからです 出れない時は切らずに呼び出し状態が終わってから出れないメールをおくるか必ず

後で電話します

またこれはプライベート、仕事に限らずですが 仕事上電話をしてくる相手はどんな精神状態でしてきているのかわかりません

極端に言えば死にたくなってかけてきているのかもしれないのです

そうでなくとも 人から相談を受ける仕事をしている人はそれぐらいの気持ちを持って電話をないがしろにして欲しくないのです!

また極力、話を最後まで聞いてあげることです

話を途中でさえぎられる 中断されるこれほど中途半端な対応もないのです

話をしている相手は絶えず欲求不満状態、満たされない思いのまま悩みが深くなることさえあるのです

話を聞くというのは 相手を受け止めて理解しょうとすることで相手の何かが解消することがあるのです

またさらに「何とかしてあげたい」という思いが伝わることにより希望が持て救われることもあるのです

 

最後にこれが結構重要です

中途半端な情けは人を深く傷つけます

投げ出すのは簡単です

人の心ははかりしれず 見かけ以上に深刻な精神状態になっている人が多いのです

最後まで責任を持てないのなら関わらない方がましな場合があります

何故なら「頂点まで登らせて断崖まで落とす」

これほど精神にダメージをあたえることはないからです

人は追い詰められているときに どんな衝動でどういう行動を起こすか予測できないことがあるのです

中途半端な情けはいらない

やるなら「我が身かわいい」を捨てて心から人助けに係わるべきだと思います

これも一つの意見です

 

 

 

 

今を懸命に生きている人にとって

良いも悪いもない

あなたはあなたの生きる証を刻めばいい

命をつないできた

愛の育みがあなたの心にしつかりと刻まれている

心の葛藤を乗り越え 激運を乗り越えてきた歴史があり、あなたの今の存在がある

 

悲しみも苦しみも喜びも...

命に包まれ生き続けている

あなただけの生きざま

それはどんな 歴史のヒーローにもけして語れない真実が存在する

そして誰もが

人生は我慢するために

生まれてきたのではない

しっかりと自分の思うとおりに進めばいい

いつでも選択の道は自分にしかない

のだから

 

 

 

いじめがなくなるどころか

相変わらず誰かが死ぬほどの悩みを抱えて

生きることと必死に戦っているのではないか?

と思わざる世の中です

皆様もご存じのとおり

いじめの報道は世の中のほんの一部

ほとんどは世の中に出ることもなく

助けられることも少なく埋もれている

もしくは誰にも言わず

誰にも助けられることもなく

心の葛藤と戦っている。。。。。

 

人間の心の痛みとして

無視される 疎外されるほど

心の絶望感を感じることはないと思います

言葉では何も言われない

罵倒も注意もない

絶対に目を合わさないようにされる

言葉をかけても聞こえないふりをされる

目を合わさない動作を幾度もされる

感情を言葉に出さないだけで

されるほうはかなり酷な扱いです

これも強烈ないじめのひとつです

 

体を痛めつけなくても

強烈な言葉を相手に浴びせなくても

辛辣ないじめです

それが一人ではなく

何人かの人に幾度もされていたら

子供でも大人でもかなり心身こたえるはずです

 

一人一人がこのような動作をなくすことで

この世に自分がいなくてもと思う人を救うことが出来るのです

無視は誰でもされたくないはずです

疎外も誰もがされたくないはずです

 

優しい心を失わず

誰の彼のと差別せず

生きる 行かせる世の中であって欲しいと心から望みます

 

これも一つの意見です

 

 

 

 

 

東日本大震災から かれこれ5年が過ぎました

今年は熊本の地震に始まり

各地の台風の被害

そして昨日の鳥取の地震

日本列島はいつどこで

何が起きるかわからない状況の今日です

だからと言って変にこわさをを強調するわけではないのですが

東日本の震災から

「絆」という言葉が誰かれなく伝え

共に助け合いなあがら生きよう

被災地に住んでいる人も 住んでいない人も

思いはひとつ

そこに勝者も弱者もいない

生きるということは

同じ時間を共有し

同じ悲しみと喜びをわかちあうことによって

絆が深まっていく

災害で一瞬にして失うものははかしれないものばかりです

 

失うものが大きくても

 

そこに誰かがいてくれる

声を掛けられる相手がいる

大切なことだと思っています

災害時誰かれなく声がけをし

孤独や絶望感にとらわれる人がいないよう

 

日本人の「絆」をまた思い出してみてください

 

 

3月11日の震災から5年目


ここ数日 震災地のかさあげされ高く積み上げられた土壌を多くの人が目にされたと思います


かさあげされた土壌の土台にはまだ建物は ほとんど建設されておりませんでしたね



一方余り映像として映されてはおりませんでしたが 田畑をつぶし多くの民家が立ち並び一つの町ができつつある場所も現地では見受けられます



テレビで報道されない様々な震災が残した爪痕が 場所にも人の心にも未だ深く残っていることは 皆様ご想像のとおりです



とにもかくにも悲しみにも喪失感にも浸っていられない現実から ようやく5年がたちましたが 多くの人は「未だ時があの日から止まったままの状態だ」と思っている人がたくさんおられると思います


もちろんそうでないと思う方もおられると思います


震災は震災の地にいなかった家族にも 親族にも大きな影響を与えました


住む環境も 仕事の環境も 家族構成も変わった人もいます


気持ちが快復していようといまいと


毎日生活していかなければならない現実に時間にどんどん追われていく


これは体の状態が働いている 働いていないの問題ではなく 心だけが取り残されていくという感覚だと思います


震災という大きな被害


それらがもたらした人生の最大ストレスと言われる多くの肉親との突然の決別

 言葉のない別れ すべてをなくした0からのスタート



心は時間がたって 回復というよりも

大きな障害を乗り越え 生きていくことの現実に日日耐えているという言い方があてはまるのではと思うことがあります


「喉元過ぎれば熱さを忘れる」

という言葉がありますが 命からがらに誰もが助け合った 世界から多くの支援を受けた被災地だから

わかる思いやり 人へのやさしさ
わけへだて 差別のない人への気配り


の精神を後世に伝えていかなければいけないのではないでしょうか!!



被災地に今なお住み続けている人


自然災害があろうとなかろうと
いつでもどこでも人が助け合って生きること

を伝えていくことではないでしょうか

周りの人 隣にいる人 遠くに見える人 まだ出会のない見ぬ人

人に助けてもらったことを消して忘れてはいけない


人を仲間外れにしたり いじめたり 

被災地ではあつてはならないことのはずです!!




世の中には様々な相談窓口 或いは相談をするところがあります


相談の内容によって行くところは


人によって違いますが


人は悩みの解消のために解決を求めて


相談に行くのだと思います


行かなくても現代は電話だけで済む相談方法がありとあらゆる形で存在します


どんな相談もそうですが


外見だけで人の心ははかり知れません


声のトーンだけでは人の心はわかりません


その人にとって死ぬほどの深刻な悩みを抱えていても


見えないことで


あるいは相談者が平静に話すことによって


信じられない対応の相談の受け方もないとは言えません


それではもちろん駄目です


相談を受ける人の心構えとして


この2つを心に止めてほしいことがあります


ひとつは相談者の悩みを同じ痛みとして


聞こうとすること


ひとつは何とか助けたい


何とか良くなってもらいたいと心から願い


話を真剣に聞くこと


そうでないと人によっては


新たな心の痛みをあたえることもあるからです


少なくとも相談中はどんな笑いも駄目な場合があります


人によっては嘲笑されたと思う人もいるでしょう


人間は時に安定した生活が長く続くと


人の痛みに鈍感になることがあるようです


経験からの痛みを経験しない人と


そうでない人は痛みの対応が違うようです


あなたに相談を投げかけている人は


死ぬほどの想いをすがる思いで


話を聞いて欲しいと発信しているかもしれないのです


相談を受けたなら


気を緩めないでください


リラックスももちろん必要です


けれど


あなたのどんな言葉も


何かの引き金になるかもしれないのですビックリマーク


どんな相談でも


あなたの受け止める心が人を助けるのです


温みは人の心を温めますメラメラ


これも一つの意見であり




悩みの受け止め方 痛みの受け止め方は人それぞれ違うと思います




またしても青少年の過去最高を更新するいじめが報道されましたね


いじめがなくなるどころか


毎年増え続けいく報道に


皆様はどのように思われていますか?


またこのところ報道され続けられた


高齢者虐待の老人ホームの問題


テレビで報道されている事以上のいじめや虐待が


全国のあちこちにあることは


もちろん想像できることです


高齢者問題はいつの間にか報道が減りましたが


実際に映像で証拠をとらない限り


いじめの証明は本当に難しい


これでいいのでしょうか!?


自分の親がビックリマーク兄弟がビックリマーク子供が!?


何の理由もなく虐待されていたらどうでしようビックリマーク


人のいないところでやる 人のわからないようにいじめる


しかもそれらのいじめの訴えに対しての対応が十分でない


いじめを認めることもない


或いは組織ぐるみで表面に出ないようにしている


今回報道された老人ホームも


報道以前に行政に申し立ててた人がいるみたいですね


それでもTVで報道されるまで

いじめはなくなることがなかった?


一般的に家族を預かってもらっていれば


そのほとんどが

入所者への何らかの影響をおそれ


不審に思うことがあっても我慢するか泣き寝入りするか


黙って他に移すかがほとんどでしょう


またこれはいじめをされた人が
どのような心の慟哭を味わうか?


想像もつかないような苦しみと悲しみの絶望を感じる日々だと思います

体が動いて逃げれても施設から出れない


まして体が動かなかったら


その恐怖は倍増 まさしく生き地獄でしょう


当然心身は衰弱していき寿命が縮まってもおかしくありません


いじめは本人のほかに家族にも


衝撃的なショック!!


強烈なダメージを与えます!!


これは実際そのいじめを受けた人にしかわからない感情の苦しみです


おさまることのない激しい


言ってみれば心に抱えた悲しみの大きなシミのようなもの


青少年の
いじめの報道もTVで報道されないだけで


多くの犠牲者がいると思います


よほどセンセーショナルな死に方でないと報道さえもないのではないでしょうか


命の訴えをしないと止まらないいじめ


命の訴えをしないと本格的な調査が行われないいじめ


それでは遅すぎる いつもそですね


爆弾生きていく人間の行為として


いじめ 虐待はどんな理由があったとしても


人として最も許されざる行為メラメラ


今更ながらですが


いじめ対策で


防止においても 相談でも


まだ万全でない

窓口がたくさんあっても話が進まない 止まる


いじめが減らない


被害者をまもりきれない


何かの問題が置き去りにされたままだと思います


これも一つの意見ですが


一人の日本人として心からいじめ虐待がなくなるよう祈る思いです










人間は生きている限り


望むと望まざるにかかわらず


さまざまな思いをします


安心してください


そのどんな思いにも


意味があり無駄になっていません


苦しい 悲しい 切ない


恨みも憎しみさえも


その思いにとうとうと耐えた自分の心がしっかり


その思いを学び刻みます


忘れたほうがいいこともたくさんあるでしょう


苦労が多いと心がしっかり


自分の痛みをおぼえているので


人に自然にやさしくなれるのです


やさしくしようと思ってなくても


心が人の痛みをしっかり受け止められるように成長しているのです


苦労に悲しみに負けなければ


人に対して様々な受け止められ方も


できるようになっていきます


そして人を助ける人には


必ず助ける人がそばにいるはずです