台風の雨風が強いです。
子供の時から台風の風が怖くて
よく眠れませんでした。
丁度 1年前の今日
ギランバレーで入院しました。
ギランバレーの疑いが強く、
呼吸が苦しくなったり、
歩行が出来なくなったら、
救急車を呼んででも来るように。
脳神経内科の医師から数日前に
そう言われていました。
次の日 目覚めたら良くなっていないかと
毎日願っていましたが、
逆にどんどん悪化しました。
呼吸は大丈夫でしたが、
歩けなくなりつつあり、
とうとう自分の世話も出来なくなり
観念して病院に向かうことにしました。
家を出るとき、
これまではなんの問題もなかった
玄関と土間の10センチの段差で転びました。
膝が着地の衝撃に耐えられませんでした。
転んだ際、
土間にあった子供の自転車のタイヤに
脚がぶつかりました。
それがクッションとなって勢いよくこけた割に怪我をしませんでした。
ただ薄いグレーのジャージパンツに
くっきりと黒い線の汚れが10センチ程付きました。
自転車のオイルのような汚れでしたが、
着替える気力もなく、そのまま病院に向かうことにしました。
こんなに悪くなってしまったのかと
自分も、後ろで見ていた子供達も
泣いてしまいました。
二人にパワーをもらいたくて
最後にハグしてもらいました。
この汚れは
その後もなかなか落ちませんでした。
家で洗ってもらい病院に戻ってきても
そのままで。
油汚れの染み抜きすれば落ちたかもしれませんが、家事に追われている家族に不馴れなことをとても頼めませんでした。
汚れと共にリハビリ病院に転院。
担当の理学療法士さんにこの話をしました。
ここまで来たら、
この汚れは入院の相棒みたいなものだから
汚れが相棒が消えてしまう前に退院したい
とも言いました。
退院間近になると汚れは大分薄くなりました。
相棒が消えていくようで、
そこにはなるべく触れないようにしたりしました![]()
入院して約3ヶ月後、かすかとなった汚れと共に退院しました。
入院後1年たった今現在。
入院した頃と比べれば格段に身体は動きます。
でも病気になる前とはかなり違います。
まだ月に2回リハビリ通院しています。
握力は11kgと7kg 。
手のふるえもあります。
スーパーで8割ぐらい入ったかごはレジ台に置けません。
オルトップ無しで歩けますが、
スピードは都会の長い横断歩道をなんとか渡れるかな?ぐらいです。
(リハビリでのタイム的には
大丈夫そうですが怖いからまだ試してません。)
走れず、ジャンプと背伸びは1センチぐらい。
他にもありますが、
不自由を言いだしたらキリがありませんね。
「まだできない」なのか
「ここまではやれるようになった」なのか。
何事も捉え方って大事ですね。
不自由を抱えるようになってから、
結果が同じなら
やり方は今までと同じでなくても大丈夫と
考えるようにしていますし、
そうなりました。
弱い部分は他でカバーすればいいんだと。
だた難しいのが、
あまりこの考えに頼ってしまうと
リハビリをがんばれば回復するチャンスを
見過ごしてしまう可能性があるんです。
がんばれば以前のやり方でやれるかもしれないのに、結果的にやれるからまぁいいかと思いそこで終わってしまう。
そうすると使わない部分の筋肉はどんどん衰えていくそうなので、
出来るだけそれは避けたいなぁと思います。
「結果オーライ」と「以前のように」、
からだの状態を見て今はどの段階か判断していくのが大切だなと感じてます。
病気になって、
仕事や健康、失ったものは大きいです。
それでも病気は気づきは与えてくれました。
車の運転や家事が出来て、家族と一緒の生活のありがたさ。
日々運動し身体を整えることの大切さ。
病院の考えるリハビリの意義と自分の持っていた認識の違い。
不自由を抱えていると、バリアフリーか否かが行動範囲の決め手になる事が多いこと。
今後さらに歳を重ねていく自分にとって
大事な事を気づかせ教えてくれました。
からだの機能の回復は今も緩やかですが
続いています。
ありがたいです。
長くリハビリを続けさせてくれる家族、
主治医やリハビリの先生方にも
改めて感謝です。
どこまでよくなるか分かりませんが、
後悔なくやれることはやりたいです。
不自由さが残ればそれとうまく付き合っていきます。
気がかりは仕事。
採用してもらえるところがあれば、
秋には働きたいです。働かなければ。
仕事を辞め1年。家計がじわじわ悪化しているので![]()