まぁ、寝ようとする直前まで携帯触ってるからだろうな~(*_*)
寝ようとして、ふと一人目の妊娠中にあれこれあったことを思い出して、芋づる式にある友人のことを思い出しました。
一人目の妊娠のとき、少し落ち込み気味でした。
その時に相談したのが大学時代の友人ゆかちゃん。
卒業してからは疎遠になっていたけれど、妊娠して仕事辞めてから、ふとどうしてるんだろうと電話をかけてみた。
すると、ホルモン系の病気になってずっと入院や自宅療養の日々だそう。
びっくりしたけれど、久しぶりの電話で話が弾んだ。
いつもは熱が出てるから電話に出ないそうなんだけど、その時はたまたま気分が良かったみたい。
それからメールのやりとりをするようになった。
でも些細なことがきっかけで喧嘩してしまった。
当時の私は妊娠中のホルモン変化と実家のストレスで繊細だったみたい。
でも、ゆかちゃんだって病床で、色んな苦しみがあって誰かにわかって欲しかっただろうに...
ゆかちゃんは謝ってくれたのに、私は許せなくてツンケンしてしまってた

娘が生まれてからも、友達グループでまとめて出産祝いにベビー食器をくれたりしてたのに...
それから年末が近くなった時、ゆかちゃんからメールが届いた
「年賀状は送らないで欲しい。その時私は生きてないかもしれないから、私宛に届いた年賀状を見てお母さんが悲しむかもしれないから」
ゆかちゃんはお父さんが子どもの時に亡くなって家族はお母さんだけ。
とてもびっくりした。
友達グループと連絡を取り合って、みんなで鶴と手紙を添えて送った。
すると、ゆかちゃんの同郷の彼氏と名乗る人からメールが来た。とても丁寧な内容だった。
折り鶴と手紙本当にありがとう。
本人は「自分は性格が悪いから友達がいない」なんて言ってたけど、ちゃんと友達いるじゃん、って嬉しかった。
本人は峠を越えたけど、寿命は長くないだろう。こんな体だからとずっと結婚を拒まれてきたけど、大事な人だから一緒にいたい。
食事も殆どとれず、少しの魚だけ。
ここにいるよりも、空気と水の綺麗な田舎に一緒に帰る方が本人にいいだろう、と医師の許可が出た。
これから一緒に車で海辺の田舎に帰る。
そこは電波が届かないから、しばらくメールはできないだろし、自分は漁師だから数ヶ月は漁に出てるけれど、落ち着いたら手紙を書きます。
そんな内容のメールだった。
その彼氏さんから、田舎に帰る道中、何回も感謝のメールが来たけれど、「じゃあまた、もうすぐ電波届かなくなるから」という内容を最後にメールは途絶えた。
あれから1年以上も経つけれど、手紙は来ていない。
メールも電話も通じなくなった。
古い住所に手紙を書いたら、返送されなかったから多分、新住所に転送されたのかな

今でもたまにゆかちゃんのことを思い出していたけれど、今日は強く思い出して...
どうして、もっと早く仲直りしなかったんだろう
どうして、私はゆかちゃんに会いにいかなったんだろう
どうして、もっとゆかちゃんのこと考えてあげれなかったんだろう
そんな後悔が波のように押し寄せて眠れなくなってしまいました(*_*)
でも、少し落ち着いて考えてみる。
きっとゆかちゃんは、私が後悔してることを望まないんじゃないだろうか。
じゃあ、私にできることは何だろう。
...それはきっと、もっと相手のことを思いやれる人になること、なんじゃないだろうか。
私はすぐに
「あの人むかつく、許せない!」
なんて思ってしまう。
でもそれで相手を攻撃してその時は気持ち良いもしれないけれど、後悔するのは、苦しむのは、自分自身。
ゆかちゃん、あの時は本当にごめんね。
いつかまた会えたら、ありがとうって言いたいな。
ゆかちゃんのお陰で、おバカな私も大事なことに気づけた気がするから。
そんなことを思う、妊娠9ケ月の夜でした