chamomile手帖。 -13ページ目

chamomile手帖。

日々のつぶやき。
頭の中に浮かぶこと。
覚え書き。いろいろ。

今日はちょっと重たい内容含みますよー
無理なかたはスルーでどうぞ。


久々に受けた
ストレスクリアのセッションにて

私が子どもの頃からずっと
抱いていた思いに
気づくことができました。

気づいた、というか
思い出したような感覚でした。


それは

私は人を信じたい、
ということ。


でも、
信じられない、という現実。


子どもの頃、親を含む周りの大人は
裏と表があり

そういう面を見ては
え?どういう事?と訳がわからず混乱し、

それが黙っていないとならない事であれば
子供ながらに気を使う。

ある時は人を喜ばせる事を言っておいて
簡単に破り、そのうえ怒り出す。
泣けば怒られ、殴られる。

ある時は、私が身の危険を感じた事を
意思表示しているのに
取り合ってくれない。
グズグズ言えば怒られる。

ある時は、楽し過ぎてはしゃぐ私に
母は般若みたいな怖い顔で、
調子に乗るな!と。
まるで氷水ぶっかけられたように
ギュッと黙り、縮むしかなかった。

とにかく、しゅんとなっても
子供だからわからないだろう
1晩寝ればケロッと忘れるよ…

そういう風に扱われていたし

信頼関係のお手本になる人もいなくて

気がついた時には
人間不信だったと思う。

今思えば、私
無口で愛嬌がないのが
コンプレックスだったけど

そうなるよね…って思える。

そして今でも
私の感情を見せて
大丈夫なのか
不安になる。

私が笑ったら
怒ったら、泣いたら、

相手が悪い反応を
するんじゃないかと。


それから
人の言葉をそのまま受け取っては
いけない事がある。
それって、私にとって
暗号を解読するみたい。

顔は笑ってるけど
実は嫌味を言われているのか?
遠回しに何かを伝えているの?

本心がわからない。


でもね、これでも
信じたいって気持ちがあって
人を見てきたんです。

見てきて、裏が見えたりすると
やっぱりか、ガッカリだな…
って感じでした。

私はいったい何を信じたかったのか。


そう思ったら気が付きました。

私はきれいごとを信じたかったんだ。


きれいごとなんて、大嫌い!

でも本当は信じたかった!
安心したかったから。


でも本当にキレイかどうかなんて
確かめようがないの。

人の心のなかの事だから。


モノや、例えば旅行のイメージなら
実際に利用して、
ああ、思ったより普通だな、とか
わかるけれど。


人だって、もともとが普通なのに
どこかにキレイを見いだしたかった
っていうのもあるのかも。

お母さんは、善良じゃない。
意地悪な部分もたくさんある。

だけど、私は清らかな優しさだけを
求めていたから苦しかった。


私も清らかでいようとする
ことは出来ないし。

私もそんなの求められても
困るもの。


まだうまくまとまらないけど
今はそんな気持ちに気づいています。