こんばんは、こんにちはニコニコ

アメブロは絵文字が可愛くていいですね、
書きやすい

まさかの4年ぶりの更新

もう来ないと思いますよね(笑)

もう入れないかな、と思いつつも、
最終更新は4年前なのでパスワードもIDも覚えていました
(記憶力はいい方)

このブログは、
私がプロの役者を目指しているとき

苦しみながら、うなりながら
綴っていた時代から、

役者を目指すことを諦め
社会人1~2年目のころに綴っていたブログです

(演劇時代の記事は全て下書きに戻しています)

もう今日限りでこのブログは終わりにしますが、
ブログ自体は残しておくことにします。

最後にここで書いていた演劇時代のこと、
あの日々から今学んでいることを書いて

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演劇

私はそれに救われました
心の底から大好きで
芝居によって
自分が自分であることを肯定できました

枠の中に入れられ、入れ、
自分を縛っていたあの日々

それをほどいてくれたのが
演劇との出会いでした

なぜなら
作品や役柄や背景の解釈は
人の数だけあるから

答えがない世界が
私を自由にはばたかせてくれたのです。

みんなで話し合いながら芝居を作っていくとき
それはどんな意見も受け止めてくれる場であり、
個性が彩る芝居というものに私は魅了されていきました。

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でも、今思い返すと、それで食べていこうと思うには私に合う業界ではなかったと思います

それは、
私にとって芝居はセラピーだったということ
愛溢れるが故に、
その手段に固執していたということ

そうなってくると
せっかく私を自由にしてくれた芝居が、
また私を縛り始めるのです

もちろん、やり続ければそれで食べていくこともできたかもしれません

でも、商業的な演劇と
高校演劇などをはじめとする学生演劇や
ドラマセラピーなどは全く違う位置にいます

私は、信頼のおける仲間たちと
みんなで時間をかけ、話し合い、
魂をぶつけ合って作り上げ、
いのちをかけた一瞬の舞台を披露する時間が何よりもすきだったのです

つながりと、自由な自己表現

私にとって何より大切なのはこの2つでした

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プロになろうと踏ん張っていたけれど、

体の感覚も鈍い、運動神経はダメダメ、
とにかく体力がない

目立ちたくない、
自己アピールもできない

支えることに長けているタイプ

でも自分の芯や感性はしっかりあって、
思っていないことを役で言うことがしんどい…

トラウマが邪魔して演じられない役がある

·····

そんな私は、なんの抵抗もなく色んな役を全力でやれる人達が羨ましく、毎日毎日自分に罰をしていました。

芝居との出会いは、
セラピーとしての役割を持っていたものだったけれど、私は本当に純粋に芝居を愛していました

だから

全く無自覚でありながら
おそらく、ものすごく苦しい日々だったのです

自分であることを認められない感覚

理想がありすぎるが故に、
そのラインに全く届かない自分へのはがゆさ

「テレビ俳優志望」と
勘違いされたくないというプライド

私は本当に芝居をやりたくて、
その為ならなんでもできるんだ!というから回った熱意

オーディションで
上から下まで舐めまわすように見られたときの居心地の悪さや

演劇界ではかなり有名な方に、
タメ口で志望理由を聞かれたこと

目も合わせてもらえなかったこと

悩みながら真剣に通った夏休みの芝居研修最終日、メンバーの男の子とキャッキャしながら帰宅する女の子たちを稽古場からの帰り道、ひとりでみつめたこと

付き合っていた人に裏切られ、
周囲が就職活動のさなか
芝居に猛進していたとき、

かなりの美形であり、
女優のたまごである女の子の前で、
「この子は女優志望なの」と言われたこと

テレビに出たいんじゃなくて舞台で食べていきたいんだ、というプライドや
その子と比べて明らかに劣る自分の顔立ち
情けない日々、現状

そんなものが頭を駆け巡って
抑えていたなにかが吹き出してしまい、
大勢の前で号泣してしまったこと

真剣に自分の胸に問うた時、
「やめたい」という声を聞いたこと

やめる選択肢が自分の中にあったことに愕然としつつ、涙を堪えながら就職活動に挑んだこと。

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それでも

今思うのは、あの日々が
確実に今の私につながっているということ。スター

あのあと私は、
過去の経験から教育系の仕事にたずさわり、

海外に滞在し、アート(美術の方)に再び触れ、
帰国後アートセラピストの認定を取得しました。

教育系の仕事はまさに適職で、
何が求められているのか
何をしなければならないのか

ピンと感じられました

何より、常にどんなときも、
「親にこう思われたらどうしよう」ではなく
まっすぐ「こどものため」に動いていたことがそうさせたのかもしれません。

当時、ツールとして教えていた「英語」への熱意も
そこまでなかったことが良かったのだと、思います。

なぜなら講師系の人たちは
教えているものへの愛情が深すぎると
同じ熱を生徒に求めすぎて
嫌がられることがありますから

ですので、子どもからの信頼、
そして親御さんからの信頼も厚く
(自分で言えるほどです泣き笑い)

教育系の仕事は、今の時代の流れ的にも、
世の中から求められているものだという確信がありました。花

その経験とアートの経験が重なり合い、
アートセラピストとしても再出発。

今は絵や本を書きながら、
創作しながら、教育系の仕事にアートの観点から携わっています

ただ、今の段階として
私が自分自身に課題を課しているのは、

「求められる自分」にすがりつかず、
「自然な自分」「自分が好きな自分」でいること。


職業やキャリアで自分の価値をはかることは
あまり宜しくありません

それは芝居の二の舞になってしまうし、
なにより自分を苦しめる
いつまでも続けられなくなる

だから
自分をどう満たすか
どうあるかという課題も残しつつ、

私を満たしてくれるアートへの存在の深さを認識した今、やはり創作しながら暮らしたいという思いもあります。

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今でもステージで輝くひとを
羨ましいなと思うこともあります

教育業だけでなく、舞台―アートで輝ける要素が私の中にあったら良かったのに。

正直、そう思うこともあります


でも、あの日々は無駄じゃなかった

演劇に出逢えたから、
私は私を取り戻した

ありがとう。


そんな風に言えるまでになりました

そのくらい、たくさん自分と向き合ってきました

なにか人より優れたスキルがあるのかはてなマーク
と聞かれたらわかりません

でも

胸を張って言えることは、
私は確実に日々成長しています

そう、言いきれます

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もしまだご自身のアメブロをチェックされていて
私のこの記事を見かけた方は
あぁ元気にしているんだなと思ってください看板持ち

いいねやコメントなど💬ありがとうございました飛び出すハート

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