5月5日、AM3時46分、母が息を引き取りました。
ショックと忙しさで、ブログも更新する気にもなりませんでしたが、周りの人達の力も借りて、少しずつではありますが、気持ちも落ち着いてきました。
おもしろおかしいブログを書きたいと思ってますが、今回ばかりは、母の死について説明させていただきますm(__)m
昨年10月、母は子宮筋腫が肥大したので、子宮を摘出する手術をしました。
その後、「肉腫です…」との医師の話を受け、手術でも取り除けないとの事で、余命宣告も受けました。
医師との話の結果、本人に言ってもショックだろうから…との事で、「癌細胞の反応が出てます…。ので、抗がん剤を飲みつつ、治療して行きましょう」…と、母には説明しました。
その後は、定期検診を受けつつ、飲み薬を続け、家で普段通りの生活を送ってました。
しかし、3月あたりから、お腹の痛みを言い出しました。
医師の話でも、「肉腫が腸に転移してます…」との事でした。
母は家でも、痛みで眠れない日をできて過ごしてたのですが、3月は仕事上、ひな祭り、彼岸がありました。
気丈な母は、仕事がひときり着くまで、「病院はそれから行く」…と言い、私は本人の意志に従いました。
そして、4月2日、入院しました。
母には検査入院…と誤魔化して、医師に聞いたところ、肉腫は腸、肺にも転移しており、多発性肉腫である事がわかりました。
特に腸に大きくあり、便もあまり出ない状態でした。
医師から「このままでは腸閉塞を起こす…」との事でしたが、手術もままならず、ただ痛み止めで誤魔化す毎日でした。
4月30日、医師の言った通り、母は腸閉塞を起こしました。
その前は、痛み止めで誤魔化してたので、見た目は元気でしたが、腸閉塞を起こした後は、人相も変わったように、やつれはじめました。
5月からは、痛み止めでも誤魔化すことも出来ず、親族一同に、ほんとの理由話して、力になってもらいました。
その時はすでに、いつ逝ってもおかしくない状態でした…が、母の姉が献身的に病室にいてくれて、私は母がいつ逝ってもおかしくない中、仕事をする事ができました。
母の実姉には感謝しかありません。
しかし、実姉の介護も虚しく、5月5日、母は息を引き取りました…。
その瞬間に立ち会えたのは、身内の人達のおかげだと思います。
母は苦しみながら逝ってしまいましたが、見舞い、葬儀には多くの人達が来てくれました。
本当にありがとうございます。
これからは私1人になりましたが、母との時同様のお付き合いをお願いしたいと思いますm(__)m